秘封倶楽部とドロワの残光



「待て! 貴公の母艦ドロワは沈んだ!」
「ドロワが!?」

 その声に私はショックを受けた。
 時間を操る能力をフル活用し、下らないパンツの雑魚どもを蹴散らし「しまパンの悪夢」とまで呼ばれたこの私の活躍も、すべて無意味だったのだ。これまでの苦労はなんだったというのか。
 一瞬だけ頭が真っ白になったが、すぐに死ぬ覚悟を決めた。
 いいとも。二十年も生きていない若輩ではあるが、ドロワの忠義を胸に見事散ってくれるわ。
 そう決意を固めて出撃しようとしたとき、白く小さな手が私の肩を掴んで引き止めた。

「待て」
「生き恥を晒せと!? 私は行きます!」

 その手を振り払いあくまで死地に赴こうとするが、その幼女ハンドは見た目と異なり、万力のごとく締め付け微動だにしない。
 私の肩を掴んだ幼い少女は静かに語る。

「ならん! ……今は耐えるのだ。生きてこそ得ることの出来るドロワをこの手に掴むまで。その命、このレミリア・スカーレットが預かる」

 背中から蝙蝠の羽を生やした少女の前で、私は屈辱に歯を食いしばった。










「――ほら、ちょっとメリー。しっかりしなさいよ。ほら!」

 蓮子の声で、私は現実に還った。
 辺りを見回す。さっきまで見ていた、憎しみの光に焼かれ、下着が飛び交う宇宙ではない。ここは夕暮れに染まる荒涼とした原野だった。

「大丈夫、メリー? 結界の向こうを覗いて気を失うなんて初めてだけど、なんか酷いものでも見たの?」

 そうだ。私達は倶楽部活動の真っ最中だったんだ。結界の切れ目があるこの原野を訪れ、今度はどんな世界が現れるかと期待して、そして覗いた先には――
 私は蓮子にキッと向き直る。この手で確かめなくてはいけない。

「な、なによ」

 少し怯えたように後ずさる蓮子。それにかまわず、私は彼女のロングスカートを一息にめくり上げた。



 ――白と黒のチェックの……ショーツ!



 次の瞬間、私は凄まじいばかりの平手打ちを食らって吹き飛んだ。

「……ちょっとメリー。あんたの冗談とセクハラは、いい加減見過ごせない領域にまで達してるんですけど」
「違う……違うのよ……」
「は? なにがよ?」
「なんでドロワじゃないのよぉぉぉ!!」

 滂沱の涙と共に、私は絶叫した。
 蓮子もドロワではなかったのだ。
 だが彼女ばかりを責められない。私もドロワじゃないし、街を歩く女の子の誰もがドロワじゃないだろう。
 そんな……それではあまりに残酷ではないか。あの宇宙を駆け抜けた彼女の、死を決した想いは何だったのか。
 彼女は今も、無限に並ぶ宇宙のどこかで、ドロワの再興を待ち続けているというのに……!

「は? ドロワ? なにそれ」

 蓮子の冷たい声が響く。そうだ、ドロワはもはや幻想だ。かつて多くの少女の腰を守り、人々の夢と希望を育み続けた存在を、今では誰もが忘れ去っているのだ。
 かつて古代ローマの詩人ホラティウスはこう言った。「アガメムノンの前にも多くの勇者がいたが、みんな惜しまれもせず、人にも知られずに、永遠の闇に埋もれた。なぜなら聖なる詩人がいなかったからだ」
 ならば私が詩人となろう。ドロワの栄光を称え、優秀を誇り、繁栄を祈り、不朽の名誉を願う聖なる詩人に。

「……蓮子」
「な、なに?」
「私、きっとドロワを見つけるわ。そしてあなたに穿かせてあげる」
「いや、そんな悟りきった幸せそうな顔で語られても、さっぱりわけがわからないんだけど。そもそも……ってちょっとメリー! どこ行くのよ!」

 蓮子の声を背中にして、私は走り出していた。
 待っててね蓮子。絶対あなたにドロワを贈ってあげるから。










『はいこちら○○○洋裁店ですが。……ドロワ、ですか? すみませんがうちではちょっと……』

『ドロワ? うーん、聞いたこともないですね』

『ドロワとはどんな下着ですか? ふんふん。あー、もしかしてレディーストランクスのことですか。……え、違う?』

『社史を調べてみましたが、たしかに過去弊社でドロワを製造していた記録は残っていますが、残念ながら今はもう取り扱っていませんねえ』

『ミス・マエリベリー? こちらスミソニアン博物館です。お問い合わせいただいた収蔵品のドロワについてですが、申し訳ありませんが劣化が激しく三十年前に廃棄されておりました』








 私の苦労はすべて無駄だった。
 京都市内のあらゆる衣料店を巡り、世界の主要下着メーカーすべてに連絡をしたにも関わらず、ついにドロワは見つからなかったのだ。
 あのとき見た、時を操る少女の無念さが思い出される。彼女もこれと同じ屈辱を噛み締めたのか。
 もはや現在の人類はドロワを失ったと考えても間違いなかった。ドロワは幻想の物になってしまったのだ
 ……ん。まてよ、幻想?
 するともしかするとあそこならば――










「ん? ……なにか危機が迫ってるわ。この博麗の勘にびんびんと響くような危機が……」
「お、おい霊夢。お前のスカート、なんだか異様に膨らみ始めているぞ!」
「もしもし、私メリー。今あなたのスカートの中にいるの」
「ちょっと紫! ……じゃない。誰よあんた!」
「おい、どうした霊夢!」
「どうしたもこうしたも、こいつ私のドロワを引っ張って……くっ!」
「待ってろ、今助けてやるぜ……って霊夢!! お前ドロワが脱げて、見え……!」
「夢想天生!」










 満身創痍の状態で、私は蓮子のアパートにたどり着いた。

「はーい……ってメリー!? どうしたのそんなボロボロになって?」
「ごめんね蓮子……私、約束守れなかった。あなたにドロワ……あげられなかった……」
「なに、まだその話だったの? それはもういいから、上がってちょっと休んでいきなさい。ちょうどココアを作っていたところだから」

 蓮子の優しい声に促されておじゃまする。
 ふんわりとした心地よい香りが漂う彼女の部屋は、私の傷ついた心を癒してくれるようだった。
 でも結局――私は負けたのだ。ドロワを守れなかったのだ。
 思い出すとまた涙がにじむ。私はカーペットへと無造作に横になった。
 ぼんやりと窓の外に目を移す。夕暮れに染まる空、狭いベランダには蓮子の洗濯物が干されている。


 …………と、待て。あれは……あれはもしや……



 私は即座に跳ね起き、ベランダにつづくサッシを開ける。
 そこには干してある蓮子の下着に混じって、ドロワがあった。
 夕陽を受けて、黄金色に輝いている。

「ああ……ドロワ……ドロワが……」

 私はふらふらとドロワに歩み寄る。しかしなぜここにドロワが?
 そんな疑問に答えるかのように、蓮子の声が響いた。

「あ、ドロワってかぼちゃパンツのことだったんだ。それなら私、前から持っていたけど?」

 なんということだ。メーテルリンクの言うことは正しかった。
 青い鳥は最初からすぐそばにいたのだ。
 こんな近くにあるもののために、私はどれほど苦労をしてしまったのか。

「やっと会えたね」

 そう微笑んで、私はドロワを手に取り、力いっぱい抱きしめる。
 そして、蓮子の延髄切りが炸裂した。

2009/01/22 掲載
初出:2008/12/01 Coolier - 真型・プチ東方創想話ミニ 作品集35






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