少女化



少女化(しょうじょか)とは成人世代の減少や男性比率の低下により、少女の数が増大すること。

   フリー百科事典 teWipedia ”少女化”項目より引用





「今、幻想郷では深刻なまでの少女化が進んでいる」

 森近霖之助はひどく深刻な顔をしてそう言った。
 彼の目の前には、幻想郷を代表する人妖達が揃っている。霖之助が、重要な発表がある、と伝えて呼び集めたのだ。
 その発表の中身が明らかにされた今、当然のことながら聴衆はひどくざわめいていた。

「ちょっと、こっちにお酒がないわよ」
「お茶と煎餅ならありますよ」
「なんか良い匂いがすると思ったら芋粥か」
「火力が足りませんね。藤原の娘を呼びますか」
「バカ、鍋ごと溶けるわ」
「この草餅は誰が作ったんですか? 驚くほどの美味しさですが」
「あー、たしかメディスンだったような」
「ブファッ!」
「うわ! 噴くな汚い!」
「さっきから気になってたんだけど、この龍の卵みたいのはなんなの?」
「すみません。それは幽々子様用の握り飯です」

 正確に言えば、霖之助が話す前からやかましかった。むしろ、好き勝手に飲み食いしていた。

「……今、幻想郷では深刻なまでの少女化が進んでいる」

 誰も聞いていないようだったので、霖之助はまったく同じことを二度言った。
 さすがに哀れな気配が漂ったのか、何人かがようやく彼に気付く。

「なあ、香霖が何か言ったみたいだが」
「私にもぼんやり聞こえたけど。永琳、何て言ってたの?」
「そうですね。要約すれば『僕は変態だ』となります。姫様は近寄らない方がよろしいかと」
「そうするわ」
「話を終わらせるなよ。香霖は、少女化とかなんとか言ってたみたいだが」
「ああ、少女化だ」

 そう独り言のように呟き、霖之助は重々しくうなずく。

「そりゃ、どういうことだ?」
「たとえば僕が声をかけて集めた、ここの一同を見回してくれ。君も含めて、全員が少女じゃないか」
「香霖の交友関係が歪んでるってだけじゃないのか?」
「違うんだよそれが。僕も最初はそう思ってたんだけど」
「自覚症状あったんだ……」
「いいかい――」

 ツッコミを聞かなかったかのように流し、霖之助は息を吸って長口上の姿勢を取る。
 これはしばらくは喋り続けるなと思った聴衆は、めいめいに酒や食べ物を口に運びつつ、聞く体勢となった。

「――博麗の巫女は少女、紅魔館の吸血鬼も少女、冥界の亡霊の長も少女、帰ってきた鬼も少女。おかしいとは思わないのかい? ……まあ、たしかにこれだけなら偶然とも考えられる。第一、吸血鬼や亡霊は成長も老化もしないからね。
 しかし、見逃せないことがある。実はこの前、ちょっと死にかけたせいで、死神と閻魔に顔をあわせる機会があったのだけど」
「そっちの話の方が気になるんだが」
「新しく手に入れた調理器具をいじっていたら爆発してね。気が付いたら三途の川をさまよっていた。ポテトマッシャー(じゃがいも潰し器)という名前だったのに一体何故……いや、そんなことはどうでもいい。死神と閻魔もまた、少女だったんだよ。これをおかしいと言わずしてなんだい」
「百歩譲ってそれが変だとしても、単にあなたが出会う人が偏るだけの異変でしょう? 少女化っていうのは言いすぎじゃないの」

 咲夜がやや不機嫌そうに発言する。己の主人が少女であることがおかしい、と言われたことが気になるようだ。

「では一つ聞こう。君は最近紅魔館の外で人間に会ったかい?」
「もちろん。昨日も買い物に出ていますから、お店の人と会いましたよ」
「その人の年恰好は?」
「それは……女の子でしたけど。たまたまです。もっと前はその店員じゃなくて、店の主人が直接応対してくれてましたから」
「じゃあ、その主人の顔は思い出せるかい?」

 言われて、咲夜は押し黙った。
 霖之助は矢継ぎ早に質問を続ける。

「主人のだいたいの年齢は? 太っていたか痩せていたか? ヒゲは生えていた? 声は太いか細いか? なにか一つでも思い出せる特徴はあるかい」
「……そこまでは。気に留めていませんでしたから」
「違うよ。憶えていたのに、思い出せなくなってるんだ。少女としか会うことができず、少女以外のことは記憶から消えていく。これが少女化だ」

 咲夜が真剣な表情をして黙ってしまったので、今までのん気に雑談しながら弁当を食べていた聴衆も静まり返った。
 各人はそれぞれ必死になって、自分の記憶を探る。だが、誰の頭の中にも、少女以外の思い出が現れようとはしない。
 そのとき霊夢が、何かを思いついて叫んだ。

「そうだ妖夢! あんたんとこには、妖忌ってのがいたじゃない」
「あーそうだそうだ。たしかそんな名前の師匠のじーちゃんがいたよな。なんだ思い出せるじゃん。なあ?」

 魔理沙が空笑いを浮かべながら、妖夢の肩を叩こうとする。だが妖夢は、申し訳なさそうな小さな声でこう呟いた。

「魂魄妖忌は、確かに私の剣の師匠でしたが…………祖父であるとは言っておりません」
「へっ?」

 一同は沈黙した。
 魔理沙は引きつった笑みで、問いかける。

「お、おい。嘘だろ。はははっ、なんだじゃあ父親か? それとも曾爺ちゃんか? ……おい、なあ。年寄りだったんだろ? 男だったんだろ!?」

 激しく肩を揺さぶられても妖夢はうなずくことなく、ただ黙ったままうつむいている。
 アリスが雰囲気に耐え切れずに口を開いた。

「お、おかしいじゃない。なんだってこんなことになってるのよ」
「一人だけ、この事態で得をする者がいる。それこそが犯人だと僕は思っている」

 霖之助は一人の少女を見つめた。一同の視線がそこに集中する。そこに居たのは八雲紫だった。
 だが、それを遮るようにアリスは手を挙げて質問をした。

「ちょっと待ってよ、なんで紫が得をするの?」

 しかし霖之助は答えず、かわりに紫がため息とともに立ち上がった。

「こんなことで大騒ぎ……だからどうだっていうのよ」
「あれ!? そのセリフだとまるで自白じゃない! ねえ動機は?」
「やはり君だったのか。どうやってこんなことを」
「あんたも勝手に話進めないでよ! 理由を説明してよ!」
「しょせん少女というのも境界で囲まれた領域。それなら私が好き勝手できないわけがない」
「それ動機じゃなくて手段でしょ! どうしてみんな当然のような顔して聞いてるの!」

 アリスのツッコミにも関わらず、霖之助と紫はなんでもないように会話を続ける。

「それがどんな結果を生むか、わからない君じゃないだろう」
「ええもちろん。そして後は貴方さえ居なくなれば、全ては少女となるわ」
「僕を殺そうというのか」
「そんなことしなくても……ほら、貴方はもう消えかかっている」
「なっ」

 霖之助が慌てて自分の身体を見下ろすと、それはうっすらと透けて消え始めていた。

「だ……れか」
「おい、香霖!」
「霖之助さん! ちょっと紫、どういうこと!?」
「数多くの少女に囲まれて、男が長く存在できるはずがない。少女化の進んだ世界では、他人を集めること自体が命取りになるのよ」

 霖之助はもがくように周囲に手を伸ばす。しかしそれも無駄な行為だ。なぜならこの場には少女しかいない。
 少女が原因で消えているというのに、少女に助けられるわけがないのだ。
 ほとんど透明になりかけている腕を天へと突き出し、霖之助はいずこかへと必死に助けを求める。
 誰か一人。たった一人でいいから、少女じゃない者はいないのか。

 そのとき、空の彼方から近づいてくる二つの人影を見つけた。

「八坂様。また遅れてしまったようですよ」
「今日の宴会はあのメガネが主催だって? もしや早苗に気があるんじゃないの」
「そんなこと……それに宴会じゃなくて、たんに集まってくれと言われただけですが」
「神が来るんだから、酒の一つくらいは出してくれるでしょう」

 霖之助と、彼を案じる少女たちは、八坂の神に向かって力の限り叫んだ。

「たすけて! おばさん!」

 次の瞬間、凄い勢いで御柱が振り回され、その場にいた全員を吹き飛ばした。

2009/01/22 掲載
初出:2007/11/12 Coolier - 真型・プチ東方創想話ミニ 作品集21






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