飾りの大きな神様



 あるところに、やたら大きな柱を4本も背負った神様がいた。名前は八坂神奈子。守矢の神社にて祭られている神様である。
 神奈子はよく神社から出て、あたりを飛んでまわったが、そのたびにどこかで驚愕の声を巻き起こしていた。
 なにしろ馬鹿でかい御柱を背負ったまま、あぐらをかいて空を飛んでいるのだ。そんなものを目にした者に、驚くなという方が無理がある。
 神奈子自身はそんな反応を気にした様子もない。だが、そんな彼女を苦言を呈する者がいた。

「八坂様ご自身が、気安く姿を見せる必要はございません」

 守矢の神社で巫女みたいなことをしている少女、東風谷早苗である。
 本当は「そんなアホみたいな格好で外をブラブラしないで下さい」と言いたかったが、敬意を最大限に発揮させて我慢した。
 以前までは外の世界にいたので、神の姿が見える者はごくわずか。びっくりどっきりファッションで出歩いても問題はなかった。
 だがこの幻想郷では、神仙妖魅どころかただの村人にまでばっちり目撃されてしまうのだ。
 そのことを気にしての言葉であったが、神奈子は静かに首を横に振り、逆に諭すようにこう言った。

「いいこと早苗。姿を見せないことで神秘性を高める、というのはもう時代遅れなの。外の世界の神々が衰退している一因もこれよ。これからはもっと開放的に、行動的にならないと」

 自分の格好がバカっぽいなどと、微塵も思っていない口調だった。
 なにしろこの前、柴刈りのお爺さんが神奈子に驚いて腰を抜かしたのを指差し、「見なさい、初めて出会った農民でさえ、敬神を姿勢で表してるわ。幻想郷のなんと素晴らしいこと」などと言ってたくらいだ。
 そんなわけで神奈子は、自信満々のオンバシラスタイルで日々を過ごしていた。





 ところが、そんな彼女が己の装いを変えなければいけない事件が起こった。
 ある日のこと。神奈子は早苗と連れ立って、博麗神社の宴会に参加しようとしていた。
 二人が会場に到着した時間はやや早かったが、すでに境内にはござを敷いて座っている先客がいた。亡霊の姫である西行寺幽々子と、その従者の魂魄妖夢である。
 なぜか幽々子は空ろな眼をして、手を小刻みに震わせていた。
 妖夢が心配げに声をかける。

「幽々子様、大丈夫ですか? いくら楽しみにしていたとはいえ、朝食を抜くのはやりすぎでは」
「さ、さ、さ、最近は神社に山の妖怪が来てるって言うから……珍しい山の幸を持ってきてるに違いないわ。だったら私も気合を入れてじゅじゅ準備しなきゃ」
「舌がもつれていますよ……まさか一食抜いただけでこうなるとは」

 と、そこで幽々子と神奈子の目が合った。
 幽々子は眼を大きく見開いて、神奈子を見つめる。神奈子の方もその反応に驚き、わずかに動きを止めた。

「は、はお」

 少し気まずそうに神奈子が右手を上げた次の瞬間、

「しゃあああああぁぁぁ!!」

 幽々子の背中から、すさまじい勢いで巨大な扇が展開した。

「幽々子様落ち着いて! ちょっと幽々子様!」
「しゃー! はぁー! ふぅぅぅぅ!」
「だめだ人語まで……誰か、誰か幽々子様に食料を!」

 妖夢が必死に羽交い絞めにしているが、背負った扇を激しく振るわせながら咆哮している。
 早苗はその様子を見ながら、なんとなくエリマキトカゲを連想しつつもこう言った。

「八坂様。どうもまずい雰囲気ですが、出直しますか?」
「……そうね。これは出直さないといけないわ」

 その声の調子に、不穏なものがあった。
 見ると、常に余裕綽々の表情を浮かべているはずの神奈子が、いつになく真剣な顔をしているのだ。

「あの扇を背負った亡霊。私の地位を危うくさせる可能性があるわね」
「地位って……神の座を、でしょうか?」
「宴会のカリスマ役のよ」
「は?」





 八坂神奈子は戦神でもある。そのため勝負事となると、大人げないことをすることがよくあった。
 たとえば腕に自信の無い者が慎ましく難易度イージーにしているというのに、ノーマルより難しいマウンテン・オブ・フェイスで蹴散らしたりするといった具合である。
 そんなわけで神奈子の格好は、いったん戻った守矢の神社にてさらなる進化を遂げた。

「さて、これならあの亡霊姫にも負けないでしょう」

 満足げにうなずく神奈子。その姿はさらにおおげさなものになっていた。
 以前の御柱に加えて、柱と柱の間に無数の鉄の輪を繋げている。鉄の輪同士は藤の蔓で固く結ばれており、美しい幾何学模様を描いて広がっていた。
 鈍く輝く鉄の輪の重量感が見る人を圧倒する。神奈子Mk.2の誕生である。

「……重くないんですか? 八坂様」
「問題ありません。信仰心を使って重量を軽減してあります」
「あーうー」

 早苗のそばで、この神社のもう一柱の神である洩矢諏訪子がへばっていた。
 新たに装備された鉄の輪は、実は諏訪子からの借り物である。さらにその重量も諏訪子の神力を使って支えている。おかげで諏訪子はバテバテだった。
 安くない代償だったが、これならば亡霊の姫にも勝てる。
 神奈子はそう確信し、早苗とともに再び博麗神社へと向かった。





「もうすっかり暗くなってしまいましたよ。すでに始まっていますでしょうね」
「大丈夫よ早苗。パーティーには遅れて行くのがマナーでしょう」
「それはどこの国のマナーですか。……あれ? なんか明るくなってきた……って、ええ!?」

 急に明るくなった夜空に驚いて顔を上げる。すると上空に、巨大な火の鳥が飛んでいた。
 よく見れば火の鳥の中心部には、二人の少女がいる。

「妹紅、その火の鳥なんとかならないのか? 山火事になりそうで怖いんだが」
「相変わらず心配性だな。この高度ならたぶん燃え移らないよ」
「もう普通に飛んでもいいような気がするんだが」
「フェニックス出してた方がずっと早いんだって。もう宴会は始まってるんだから急がないと」

 そんな会話を交わしながら、火の鳥をまとった少女二人は博麗神社を目指して一直線に飛んでゆく。夜空に赤々と燃え上がる火の鳥は、ひどく目立っていた。
 フェニックスの少女達を見送った早苗は、悪い予感を抱きつつ、おそるおそる神奈子の顔を覗きこむ。

「まさかこの装いでも勝てないなんて……暗くなってきたから、光を考慮すべきだったわ」
「や、八坂様。ちょっと待ってください。もしや……」
「もう一回出直しよ」

 案の定、彼女はやる気だった。





 そして夜闇に包まれた守矢の神社で、文字通り燦然と輝く神奈子Mk.3が爆誕した。
 背負われた柱や鉄の輪に、電飾コードを巻きつけたのだ。無数の豆電球が色鮮やかに点滅し、まさにワンマンエレクトリカルパレード。
 ちなみに電力を供給するために、4本の御柱にはそれぞれ風力発電ファンが取り付けられている。
 あいにく今夜は無風だったため、後ろの早苗が頑張って神の風を起こしていた。

「奇跡の力をこんなことに……」

 早苗は泣いていた。そしてなぜか格好は体操着だった。
 これだけの電飾を買うお金を捻出するために、すべての家財道具を森の古道具屋に売り払ったのだ。巫女服すら手放したので、着るものがもうこれしかない。
 ちなみにどんな家具よりも、早苗の衣服の方が高く売れた。なぜだ。

「ふぅ、これでもう誰も、私の地位を脅かすことはできないわね」
「なんでやり遂げた顔してるのよ。苦労してるのは私と早苗じゃない」

 諏訪子がほとほと呆れた様子で、神奈子のセリフにツッコミを入れる。
 そんな言葉など聞こえなかったかのように、神奈子は上機嫌で悠々と空へ舞い上がる。
 だがしかし、背中の飾りは気楽に飛ぶにはいささか大きくなりすぎていた。

「おや?」
「え!?」
「う」

 バランスを崩した神奈子は飛ぶのに失敗し、ぐらりと地面に倒れる。
 そして神奈子の大きな飾りは、すぐ近くにいた早苗と諏訪子を押しつぶした。





 それから神奈子はずっと泣いている。

「ちょっとぉ。こんなにも謝ってるでしょう。だからさぁ」
「お断りします」
「神奈子の根性無し」

 倒れてしまった神奈子は、背中の飾りが重すぎて一人では立ち上がれずにいた。

「八坂様は少し反省した方がいいかもしれません」

 大きな飾りがぶつかったせいで、大きなタンコブができた早苗は、ふくれっ面のまま助けようとしない。

「そうよ。そのくらい根性出して自力で起き上がりなさい」

 大きな飾りがぶつかった衝撃で、なぜか早苗のシャツに張り付いてしまった平面諏訪子も、二言目には「根性、根性、ド根性」を口にするだけで動こうとしなかった。
 結局、神奈子が助け起こされたのは夜が明けてからだったという。

2009/01/22 掲載
初出:2007/10/29 Coolier - 真型・プチ東方創想話ミニ 作品集20






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