コネコ物語



 12月も下旬になり、冬休みが近づいたある日。俺こと相沢祐一はあることで悩んでいた。
 来週が名雪の誕生日なのだ。
 今までいろいろと世話になってきたし、お互い浅からぬ仲でもあるので、なにか特別喜ぶような物をプレゼントしてやりたい。さすがにもうビー玉などでは、向こうが喜んでくれてもこちらの気がすまない。
 しかし、ではなににするかというのも難問だ。名雪の好きな物は単純だが、たいがいはすでに持っている。さて、どうしたものか……。
「おい、相沢。なにを悩んでる?」
 突然かけられた声に振り向けば、それは見知ったクラスメイトの北川だった。
「なんだ、北川か。別にたいしたことじゃない」
「ほほう、たいしたことじゃない、か。しかしそのわりには、眉間にくっきりシワを寄せているように見えたが?」
「そういう健康法なんだ。最近ブームだぞ、知らないのか?」
「知らんな。俺が知ってるのは、来週が水瀬の誕生日だということぐらいだ」
 うっ、……こいつ、知ってて俺をからかっていたのか。
「あー、はいはい。そうだよ、名雪のプレゼントのことを考えてたよ。じゃ、忙しいんでもう行くからな」
 少し乱暴にそう言い放ち、回れ右してその場から立ち去ろうとした。
「まあまて相沢、水瀬のやつが喜びそうなネタがあるんだが」
 もう一度回れ右をしてしまうあたり、ワラにもすがりたい自分の気分を実感できる。
「あのな、言っとくが、ぬいぐるみも目覚まし時計もイチゴグッズも却下だぞ」
「それは言われなくてもわかってるさ。水瀬はその辺は一通り収集してしまったからな」
 もっとも、目覚まし時計だけはまだまだ買い足そうとしているそぶりもあるが。
「で、名雪の喜びそうなものって何だ?」
「ふふん。それはこれだ!」
 言って北川は一枚の電気店のチラシをかざした。俺はそこに書かれていることを読んでみる。
「……大特売会、目玉商品『AIBO キャットバージョン』?」
「そのとーり!」
 チラシに書かれているのは有名な犬型ペットロボットのAIBOだった。ただしそれは猫型をしたバージョンであり、ご丁寧にもぬいぐるみのようなカバーが用意されていて、それを被せるとなかなか本物に似ているようだった。
「どうだ相沢。いいネタだろう」
「……ああ、たしかに」
 名雪は大の猫好きであるが、同時に猫アレルギー体質という悲惨な運命を持ち合わせていた。しかし、作り物の猫ならばアレルギーが起こるはずも無い。まさに名雪にうってつけの物だ。
 しかもチラシに書かれた特売価格は、俺でもなんとか手が届くほどの値段だ。これを見逃す手は無い。
「サンクス! 北川、恩に着る。こんな親切を無償で施してくれるとは!」
「ああ、俺もこのごろ無償の愛に目覚め……って、おいちょっとまて、タダじゃないぞ! 冬休みの課題を半分代わりにやってくれ!」
「大丈夫だ、まかせろ。勝利の栄光を君に!」
 適当な返答を返しつつ、俺は電気店に向かって駆け出していた。

「……だまされた」
 家に帰ってから俺は、買ってきた商品――自称AIBOキャットバージョンの前で、がっくりとうなだれていた。
 いや、これが本当にAIBO系列の商品ならば、なんの問題もなかっただろう。だがこれはAIBOではなく「AI80」……つまりは類似品、バッタモンだった。
 見た目こそそれほど悪いものではないが、その動きは本家AIBOの足元にも及ばず、できることといったら前に進んでニャーと鳴くことだけである。幼稚園児のオモチャと大差ない。
 そもそもあんな高価なロボットを、高校生でも買える特売にすること自体がありえなかったのだ。北川の冬休みの課題は、微妙に見当外れで間違いな回答で埋め尽くされることになるだろう。
 責任者の断罪はそれでいいとして、結局これはどうすればいいだろうか?
 こんなバッタモンの返品が出来るかどうかも怪しいが、仮に出来たとしてもこれほどいい案の代わりなど思いつきそうにない。
 5歩進んではニャーと鳴くオモチャを目の前にして、俺は途方にくれていた。
「あら、祐一さん。なにをしていらっしゃったんですか?」
 そこにヒョイと顔を見せたのは秋子さんだった。
「ああ……秋子さん!」
 できればこの人にも相談せずに進めたかったのだが、こうなってしまってはしょうがない。ここは、名雪の母親である秋子さんの知恵を借りるべき局面なのだろう。
 俺は今までの経緯を説明した。
「――と、いうわけなんですよ。秋子さんは、なにか良い考えはありません?」
「そうだったのですか。でも、私は祐一さんのプレゼント案で十分素敵だと思いますよ」
「……でも、結局こんなのじゃ子供のオモチャですよ」
 足元でニャーと鳴くAI80。
「そう言われるのでしたら……。それじゃ、これは私が手直しをしておきましょう」
「え!?」
「こう見えても、裁縫も機械工学も得意なんですよ。祐一さんも納得のいくものに直して見せますよ」
「ほ、本当ですか?」
「ええ」
 裁縫が得意だというのはなんの疑問もないのだが、まさか機械工学までマスターしていたとは。さすがは秋子さんだ。いや、それどころかロボット工学やロケット工学も学んでいてもおかしくない。
「それじゃ、秋子さん。よろしくお願いします」
「了承」

 そして当日となった。
 香里・北川を招いたささやかな誕生パーティが行われ、そこで俺と秋子さんは自信満々にプレゼントボックスを手渡した。
 箱を開けると、中からまるで生きているような猫が飛び出してきた。突然のことに名雪は驚いたようだったが、それがアレルギーの起きないぬいぐるみの自動人形だとわかると「ねこーねこー」とおおはしゃぎで抱きついた。
 その後、夜までパーティは続いたが、名雪はずっと猫を離そうとしなかった。俺はその名雪の笑顔を見て、大きな喜びを感じるとともに、手直しをしてくれた秋子さんに深い感謝をした。
 しかし、AI80だった物は、驚くほど猫そっくりな動きを再現していた。それを見た俺は、秋子さんへの尊敬と畏怖の念をいっそう深めた。

 パーティの翌日。今日が学校の終業式である。
 俺は朝の日課となっている、名雪起こしに取り掛かった。2階の廊下の突き当たりにある名雪の部屋のドアを乱打しながら叫ぶ。
「おい、名雪! 朝だから起きろ! 今日が今年最後の登校日なんだぞ!」
 と、言ってもそれは俺だけで、部活動のある名雪は冬休み中でも登校しなくてはいけないが。
「なーゆーきっ! 起きろっ!」
「……うな〜」
 ようやく起きたようだ。まだ寝ぼけているみたいだが。
 ぎぃ、と音を立てて扉が開き、まだパジャマ姿の名雪が部屋から出てきた。
 …………四つん這いで。
 名雪は俺の方を見上げると、一声「にゃー」と鳴いた。

――俺は即座に身を翻して1階の居間へと駆け下りた。それは飛び降りてから瞬時に横っ飛びをしたかのような俊敏さだった。
「あ、あ、あ、あき、秋子さんっ!」
「祐一さん? そこまで急ぐほど時間は迫っていませんけど」
 必死に叫んだ声に対して、秋子さんはマイペースを崩さずにキッチンから出てきた。
「そ、そうじゃなくて! 名雪が変なんですよ! 四つん這いでニャーなんです!」
 我ながらわけのわからない説明だったが、それで意味はきちんと通じたようだった。
「あらあら、それは昨日のプレゼントのせいですね。きっと寝るときも抱きしめてたので、中身が漏れちゃったんですね」
「中身!? いったいどんな手直ししたんですかっ!」
「ええ、せっかくですので生きている猫と同じぐらい動くようにしようと思ったんですが、この時代の機械技術ではそこまでは出来ないことがわかったんですよ」
 まるで、この時代の人間じゃないような言い方だ。
「ですので、呪術を応用してあの再現度を達成しました」
「呪術!? するとあの中身には」
「もちろん、本物の猫の……」
「わぁぁぁ! すみませんっ! やっぱり聞きたくないです!」
 秋子さんは自らの顔に手を添えて、あら? と呟いていた。階段からはトタトタと、なにか4足歩行の物が降りてくる音が響いてくる。にゃー。
「あ、秋子さん! どうするんですか名雪は!?」
「そのことでしたら大丈夫です。すでに対策グッズを用意していましたから」
 そういって秋子さんが取り出したのは、行灯だった。ただし、なかの皿に入っているのは油じゃなくて甘くないジャム…………。

 結局名雪は元に戻ったが、あのAI80は怖すぎるので大反対を押し切って廃棄処分となった。おかげでイチゴサンデー10食分をおごらされる羽目になったが、あんなオカルト製品が一つ屋根の下にあるよりはよほどマシだ。
 これに懲りた俺は、死ぬまで類似品を買わないことを心に誓った。

2003/03/01 掲載






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