ロケット・ファイター

著者:マノー・ツィーグラー
訳者:大門一男
出版:朝日ソノラマ 航空戦史シリーズ

表紙




 これは第二次世界大戦を実際に体験したパイロットの実録戦記です。
 こういったものをあまり読んでいない人は、戦記物といえば血みどろのバリバリ派手な戦闘が描かれていると思ってしまいますが、実はそうでもありません。
 戦争とはいえ四六時中戦闘状態のわけもなく、ほとんどの時間は訓練や移動・待機。あるいは食事や雑談などに使われているわけです。
 ですのでエースパイロットの手記などと言うものも、日常的なシーンが半分以上だったりします。
 しかしその中でも、この作品は特殊です。ろくに戦闘らしいものがなく、訓練ばかりです。ですがその訓練中に戦友が次々と事故死していくのです。


 ……すべての問題は著者の搭乗した機体、タイトルともなっているロケット・ファイターにあります。
 その機体はMe163B「コメート」 ドイツが生み出した史上唯一の実用ロケット戦闘機です。
 登場は第二次大戦も終わりごろの1944年中盤。当時のドイツはアメリカ・イギリスの爆撃に苦しんでいました。
 飛来する爆撃機を撃墜するためには、重武装もさることながらできるだけ早く上昇する能力が求められます。また、敵の護衛戦闘機に対抗するために速度も必要です。

 そこに現れたのがコメートでした。推力1.7tのロケットエンジンを搭載し、上昇力は離陸直後は毎分4877m。高度1万mまで3分以内にたどり着きます。
 さらに驚くべきことに最高速度は時速960km、当時の最高速度が時速700km程度だったので、とんでもない速度です。
 ですが、致命的な欠陥があります。
 約5分で燃料切れになるところです

 さらにロケット燃料というのは、いつの時代も爆発しやすいもの。
 コメートの燃料はC液(メチルアルコール・ヒドラジン水和物・水)とT液(過酸化水素水)からできており、どちらも取り扱いの難しい劇薬です。
 なにしろT液はアルミニウムタンク以外には入れられません。スチールに入れるとすぐに腐食して穴が空き 、そして有機素材に触れれば大爆発です。
 もちろんタンクにホコリや虫が飛び込んだだけで木っ端微塵。一方C液は、逆にアルミニウムに入れると腐食させてしまいます。

 たちの悪いことにC液とT液はどちらも無色透明で見分けがつかず、うっかり間違えて混ぜると周囲の物を跡形もなく吹き飛ばします
 こんな危険な物を使った戦闘機ですので、離陸しては爆発。着陸しては爆発。ただ飛んでいるだけでも爆発です。
 T液には強い腐食性があり、人体に触れるとドロドロに溶かしてしまいます。なのに、これの設計者はなにを考えたのか、操縦席の両側にT液タンクを配置しました。なにかのはずみで穴が開いたら、パイロットは溶けてなくなります

 ……なんというか、よくこんなものにOKが出たなと思ってしまうほどです。当時のドイツはこんなものを使ってしまうほど追い詰められていたのです。


 訓練するだけでも命がけですが、本書の中身はそれほど悲惨なものにはなっていません。女性との甘いロマンスや、高度順応訓練にかこつけてアルプスでスキーをしたりと楽しいことも多く綴られています。 悲惨な生活のなかにあっても、楽しいことはあるということを実感させられます。
 ですが結局、最後まで戦闘シーンらしきものが出てきませんでした(戦友の体験としての戦いはあるのですが) 。

 コメートは、その高性能がゆえに戦果が極端に少ない物でした。
 速度が速いのはいいのですが、あまりに速すぎて攻撃できるタイミングが一瞬だからです。さらに、コメートの性能に恐れをなした米英軍は、その配属基地を迂回するという作戦を取りました。行動半径が数10kmしかないコメートはそれだけで手も足も出ません。
 結局、大量の犠牲者を出したロケットファイターは満足すべき戦果をあげずに敗戦。
 その後、資料を押収したアメリカによって試作のロケット戦闘機が作られましたがとうぜん実用化はされず、コメートは歴史上唯一のロケットファイターとなったのでした。








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