最後の一葉を集めて





 ある秋の朝。目覚めるとベッドの横にはもう先生がいた。そして若々しい顔に深い悲しみを浮かべてこう言ったのだ。
「今まで君に言わなかったことがある。君は命に関わる病気だ。残念ながら不治の病で、そう長くは持たないだろう」
「なんだ、そんなことですか」
 私が明るい顔を見せたので、先生は不思議そうな声をあげた。
「死ぬのが怖くないか?」
「いいえ、ちっとも。それでいつ死ぬんです? あの葉が落ちる頃ですか?」
 窓から見える蔦に残った最後の一葉を指差す。先生は首を横に振った。
「確実とは言い切れないが、そのくらいなら大丈夫だ」
「じゃああれは記念に取りましょう」
 そう言って私は窓から手を伸ばし、最後の一葉をむしって分厚い百科事典に挟みこんだ。
「なにをしている?」
「記念にこれを、押し葉のしおりにするんです」
 先生はそれを聞き、黙って頷いた。

 季節は巡り、また秋になった。
「ちっとも身体の調子はおかしくなりませんね」
「徐々に進行する病気なんだ。去年よりも確実に悪くなっている」
 先生は相変わらず悲しげな顔で言うが、私はまったく気にせず鼻歌を歌いながら、最後の一葉をむしりとる。
「今年もそれをするのか?」
「ええ、もちろん」
 葉を百科事典に挟みながら私は頷いた。

 月日は流れ、秋が来る。
「さすがに具合が悪くなってきたのがわかります」
「そうだろう。そして申し訳ないが、悪くなる一方だ」
「先生は毎日私のところに来ますが、うつったりしませんか?」
「伝染性はない」
「よかった」
 微笑みながら、私は最後の一葉をむしる。

 時は一瞬で過ぎ去り、秋が来た。
「……立ち上がるのも、もうやっとになってきました」
「すまない。できる限りの手は尽くしたが、いつ死んでもおかしくない」
「そんな顔をしないで下さい。いつも私より、先生の方が悲しそうにしていますよね」
 よろよろとふらつく足取りで窓に近寄り、最後の一葉をむしった。

 そして終わりの秋が訪れる。
「先生、葉を」
 もうベッドから起き上がれないので、代わりに先生が最後の一葉をむしる。それを受け取った私は百科事典を開いた。
「喜んで下さい先生。ちょうどこれで……」
 そこまで言って、私の手は力を失った。
 取り落とされた事典は床にぶつかり、たちまち葉のしおりを撒き散らす。
「先生……」
 百枚の葉が舞い飛ぶ中で、私はしわくちゃの手を伸ばす。
 先生は百年前と変わらぬ若々しい顔に、深い悲しみを浮かべていた。


2014/01/21 掲載
初出:2010/09/12 投稿サイト『短編』第96期





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