善帝条件





 私が姿を見せたら、皇帝陛下はびっくりされてました。故郷の東方では私も有名なんですが、ここじゃランプの魔人なんてまだ噂にもなってないようですな。
 呼び出された私はいつもの口上、さあご主人様あなたの願いを叶えますと言ったら、陛下はすぐさま「死ぬことなく生き続けるのが望みだ」と仰った。
 しかしこれは無理な話。不死は神々だけの特権、欲しいなら神になるしかない。そう答えたら物凄く嫌そうな顔をされましてね。なんでも陛下の父君は「可哀想な俺、神になってしまう」と言って死んだそうです。そのとおり死後は神として祀られたそうですから、陛下にとっては人として生きてなきゃ無意味なんでしょうな。
 そこで私は別案を出した。不死ではないが、寿命を尽きさせない方法がある。それは徳による延命だと。
 つまりは民に慕われたという徳を集め、それを寿命に注ぎ込む。一人の民が世に感謝した日を送れば皇帝の寿命は一日伸び、世を恨んだ日を送れば一日減ります。民衆の過半数が幸せな日を送り続ければ、陛下はずっと寿命が尽きないわけです。
 この提案に陛下は喜び、すぐ契約成立となったわけですが……いや、それからが大変。
 なにしろ世間から不評を買ってはいけない。陛下の恋人が民衆の嫌われ者だとわかると、最愛の人とも別れてしまう始末。まあ、命がかかってますから。
 だけど気を使っても不幸は訪れるもの。火山が噴火して、地方都市が丸ごと一つ壊滅したんですよ。住民達は死ぬ間際さぞや世の中を呪ったでしょうな。陛下は真っ青になりながら、難民救済に駈けずり回ってました。
 それが終わったら、次は都で大火事が。またもや陛下は罹災者のため寝る間も惜しんで尽くしていました。
 さて救護もやり遂げたと思ったら、疫病が発生したとの知らせが……それを聞いた陛下は倒れて、そのまま――



「――兄上は常日頃から『良い事をなにもしないのは、一日を損している』と言ってたが、それは文字通りの意味だったのか」
 帝位を継いだ新皇帝は、ランプの魔人を半眼で睨みながらそう呟いた。
 魔人は、そうですあれは運が悪かっただけ今度は大丈夫です新しい陛下もぜひどうですか、などと揉み手で語ってくる。
「だが俺にはいらぬ気苦労のせいとしか思えん。永久に外面を気にする善帝になるくらいなら、俺は短命な悪帝でいい」
 そう言って新皇帝はランプを河に投げ捨てる。魔人はランプもろとも沈み、すぐに姿を消した。

2012/03/03 掲載
初出:2010/04/12 投稿サイト『短編』第91期





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