アルタイルの扇





 今日は三十四年ぶりのビッグイベントの日。僕は待ち合わせ場所の高層ビル屋上に急いでいた。大人たちは迷信的に祈っているか、狂ったように暴れている人ばかりで嫌になる。だから屋上にいた彼女の笑顔を見たとき、心の底から安心した。
 外気にさらされ冷え切った床に断熱シートを敷き、二人で並んで座る。
 資料映像で見たあの線を思い出す。三十四年前の映像でしか知らなかったあのイベントが、今度は生で見られるのだ。
 僕は空から目を離さず、彼女に顔を近づけてささやいた。
「そろそろだ。ちょうどあそこ、アルタイルから来るんだよ」
 そう言って一つの星を指差す。そのまま二人で同じ方向を見つめたまま会話をする。
「君の両親はまともだった?」
「ううん。お父さんは泥酔して寝てる。お母さんは家の掃除してるけど、同じところを何度も磨いているのがおかしかったよ」
「いつになったらみんなこのイベントを素直に楽しめるようになるんだろうな」
「まあまあ」
 彼女の笑ったそのとき、夜空に光の扇が現れた。
 さっき指したアルタイルの一点から、地平線まで伸びる光の扇。僕らは驚きに息を呑む。
 その光は、アルタイルから発射されたレーザーだった。惑星を数秒で滅ぼせる出力のレーザーが、太陽系内の希薄なガスを発光させて光の帯を作っている。
 予想とまったく違う光景に言葉もでない。地球にかなり近いところをかすめたせいで、線ではなく扇のように広がって見えたのだ。あと数十万キロずれたら当たっていただろう。
 アルタイルと地球は戦争状態にある。正確な事情など誰も知らない。ただわかるのは、十七光年離れた敵と戦うには宇宙戦艦もミサイルも役立たずということだ。相手まで届くのに何百年もかかる。だからどちらも巨大レーザー砲を宇宙空間に作り、惑星を滅ぼす出力で撃ち合っている。
 だがこの遠距離だと、どれほど正確に撃ってもなかなか当たらない。髪一筋ほどの狂いでも十七光年先では何百万キロもずれているのだ。一発撃って外れるたびに誤差を観測して修正する。レーザーが相手に届くのに十七年。外れた結果が観測できるのにさらに十七年。三十四年に一発しか撃てないのだ。
 やがて光の扇が消えた。僕らは二人揃って残念そうな溜息を漏らす。
 だが次の瞬間、街のあちこちで歓声と祝いの音が響き始めた。
「楽しむのが遅いんだよ」
「次はみんなで楽しめるよ」
 不満げな僕をなぐさめるように彼女が身を寄せてきた。

2012/01/19 掲載
初出:2010/03/12 投稿サイト『短編』第90期
上記を加筆修正したものです





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