姥捨





「――やはり、処分することにしよう」
「よろしいのですか?」
 司令官の声に、副官が念を押す。
 ここは街一つ入るほど巨大な宇宙船の司令室、世代交代型移民船の中枢だった。
 宇宙では光より早く動くことはできない。だが星と星との間は光の速度を出しても近いところで数十年、遠ければ数万年もかかる。
 そこで人類は、数百人を居住させて世代交代をしながら航行する宇宙船を作り上げた。中では完全なリサイクルが行われ、半永久的に生活ができる。すでに地球を飛び立ってから、乗員は数え切れない世代を交代させていた。
 その船の何百代目かの司令官は、先ほどまで先代の司令官のことで悩んでいた。彼は老いて頭脳が鈍ったと司令官の座を退いたが、その後も長く生き続け、この船で一番の高齢だ。脳はさらに衰えて、もはや何の役にも立たない人間だったが、体は健康でまだまだ生き続けそうな様子を見せている。
 ここで養える人口はけして多くない。不要な人間を生かしておく余裕はなく、情け容赦なく間引くのがこの船の法律だ。
 だが、今まで大きな貢献をした元司令官を殺すのには抵抗があった。将来自分も同じ目にあうのかと考えると、司令官はなかなか決断を下せなかったのだ。
 それを今、決めたのだった。司令官は自分を説得するかのように副官に語りかける。
「しかたない。将来私がそうなるとしても、船のためなら諦めるさ」
 副官が悲痛な面持ちで頷くのを見ながら、司令官は言葉を続ける。
「知っているか? 遥か昔は姥捨という風習があり、養えない老人を山に捨てたそうだ。だが捨てる山などないここでは……」
 その瞬間、船を激しい衝撃が襲った。オペレーターからの悲痛な声が響く。
「超遠距離からのレーザー攻撃です! 船体が裂けて――」
 その叫びは爆発にかき消され、巨大な宇宙船はあっという間に四散する。司令官もその先代も、すべては宇宙の塵となった。



『――やはり、処分というのは嫌な物だな。何度やっても慣れない』
『しかたない。悪いのは世代交代型移民船を無責任に送り出した奴らだよ。なんでその後にワープ航法が発明されると考えなかったのやら。居住可能な惑星はすべてワープで入植済みだし、旧人類を住まわす余裕はないよ』
『捨てる山などどこにもない、か』
『なんだそれ?』
『ああ、遥か昔の風習だ。姥捨というのがあってな……』
 コンソールを前に話し合う二人の姿はとても小さく、まるで幼児のようだった。


2010/12/31 掲載
初出:2010/02/12 投稿サイト『短編』第89期





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