パソユタさま





「ああ、裕香くん。ちょっといいかな」
 そうかけられた声に、私は内心で深い溜息をつく。呼んできたのは苦手な所長だったからだ。
 辺鄙な離島の事務所に転勤させられ、コンビニさえない環境に絶望したのは数ヶ月前。さらにここの所長は、偉ぶっていていつも不機嫌そうで、そのうえ私のことを馴れ馴れしく下の名前で呼ぶという、なんとも嫌な感じの人だった。
 またなにか小言かとうんざりしながらついていったのだが、所長はパソコンの画面を指差してこう聞いてきたのだ。
「実は本部から送られてきた資料が見れないんだが、なんとかならんか」
 見ればメール添付のデータが、今回はたまたま圧縮されているだけだった。私がそう説明すると所長は不愉快そうに黙ったので、面倒なことになる前に手早くフリーの解凍ソフトを落とし、データを見られるようにする。
 終わりました、とそっけなく伝えると、いつもは無愛想な所長が目を丸くして叫んだ。
「一瞬で解決できるのか! まるでユタさまのようだ!」
 あとで知ったのだが、ユタさまとはここの方言で女霊媒師のことらしい。このくらいで感心するなんてどれだけPCオンチなのかと呆れたが、悪い気分はしない。
 それから数日後、また所長に呼び出された。今度は動作がおかしくなったPCがあるらしい。さすがに私もすぐ修理法がわかるほど詳しくなかったが、いろいろググってなんとか直し終える。すると所長はまた「パソユタさまさまだな!」と感動した声で褒めてくれた。
 その後もPCトラブルのたびに呼ばれたが、いつもネットや本などで調べてなんとか解決していたので、私の評価はぐんぐん上がっていった。所長からの扱いも丁寧になったし、勤務評定がよくなったのか田舎勤めなのにボーナスも増え、いいことづくめだ。
「ねえ、私こっちじゃパソユタさまって言われてるんだけど。ちょっとパソコンの問題解決してるだけなのに、霊媒師扱いよ」
「うっそ。さすがド田舎。でもそれで上司ゴキゲンなんて裕香ラッキーじゃない」
 電話で女友達にその話をしたら、げらげらと笑ってくれた。私は調子に乗って喋り続ける。
「昨日もまたスタンバイが出来ないのがあるって騒いでてさ。見たらOSがまだ98で、APMを消してインストし直しても解決しないから、結局regeditでFlag値を変更することに――」
「ちょっと、裕香」
「なによ。まだ話の途中なのに」
「……それ、なんの呪文よ」
「えっ?」


2009/06/29 掲載
初出:2009/05/12 投稿サイト『短編』第80期





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