虫満ちる地の夢





「夢の話をしてもいいかな」
 そう、友人の声が聞こえてくる。
 丸木小屋の前におかれたベンチに、友人と一緒に座っていた。周囲には緑の草原が広がっている。風はほどよい涼しさで、日差しは柔らかい。心地よい無為の時間を過ごしていた。
 さきほどの友人の問いに静かに頷くと、話が始まった。
「地虫がびっしりいるんだ」
 語り出しからして、良い夢じゃないということがわかる。
「地虫ってなんだ?」
「なにかの幼虫のような、羽も脚もない白くてぶよぶよした虫。それが地面を隙間なく埋め尽くしているんだ」
「そんなにいたらこんな草原なんか、すぐに食い尽くされるな」
「うん、どこまでも荒地が広がっているよ。木も家もなんにもなく、地平線までずっと地虫だけがびっしりさ。これが歩くたびに靴底で音を立てて潰れるんだよ。その体液がまた臭くてね」
 その情景を想像してしまい、顔をしかめて腕を組んだ。肌に擦れる長袖のシャツから洗いたての心地よさを感じ、なんとかグロテスクなイメージを中和する。
「踏むのが嫌なら、歩かなきゃいいだろ」
「でも座る場所なんてどこにもないんだよ。動かなければ地虫が足からじわじわと這い上がってくる。いつまでも景色が変化する様子もないのに、歩き続けるしかないんだ」
 そこで話は終わりのようだった。黙ってしまった友人に感想を告げる。
「悪い夢だな。疲れてるんじゃないのか?」
「だろうね。なにしろ、立ったまま寝ちゃったんだから」
「立ったまま? なんだそりゃ、すごいな」
 思わず笑ってしまった。もうこんな嫌な話は終わらせようと、笑い声のまま言葉を続ける。
「話してすっきりしたなら、もう忘れた方がいいぞ。なんだかこっちまで胸が悪くなってきた」
「それは、胸のところまで地虫が這い上がってきたからね」
 ぽつりと呟かれた声に、異様な重さがあった。
 友人を正面から見つめるが、その顔は少しも笑っていない。
「忘れたくもなるよね。立ったまま目を閉じて、心地よい風が吹く草原を夢見たくなるよね」
 その声が、どんどん遠くなっていく。
「だけどもう、ここまでだよ」
 そしてそこで目を覚ました。草原などどこにもなく、友人などいるはずもない。
 ふと口から嗚咽が漏れる。だが、また眠ろうという気にはならなかった。
 これが夢とは思わないし、あれが夢とも思わない。
 眼前には虫満ちる地。心の中には緑の草原。
 ぐちゃぐちゃと音を立てながらも、力強く一歩を踏み出した。


2009/01/13 掲載
初出:2008/11/12 投稿サイト『短編』第74期





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