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――夢
夢の始まった日
木漏れ日の光が眩しかった
雪の感触が冷たかった
そして、小さな子供が泣いていた
その泣き顔が、今も思い出せない
雪の積もる、夕焼けの街の中。少年は息を切らせて走っていた。
行く手の遥か先に、うつむいてベンチに座る少女の姿が見える。
「あゆあゆー!」
力いっぱい叫ぶと、少女は気がついたようだ。
さらに走り、ようやくベンチのところまで辿り着く。
「悪い、遅刻した。ちょっといろいろ忙しくてさ」
年に似合わず、大人のような言い訳をする。
「……あゆあゆじゃないもん」
少女は、そこにだけ反論した。
「名前、なんていうんだ」
「月宮あゆ」
「なんだ、普通の名前だな」
「うん」
「俺は相沢祐一だ。よろしくな」
「うん」
「じゃあさっそく行くか、あゆあゆ」
「……うぐぅ」
「変な返事だな。まあいいけど」
屋台でタイヤキを買って、またベンチに戻る。二人は並んで、タイヤキをほおばりはじめた。
最初の一口を食べた少女が、まじまじと手元を見つめる。
「……今日の方が、おいしい」
「そりゃそうだろ、泣きながら食ってうまいものなんてあるわけないもんな」
「うん」
そのまましばし無言で食べ続ける。やがて、少女がぽつりと口を開いた。
「祐一くん。あのね」
「なんだ? いきなり愛の告白か?」
「そんなことしないもん!」
顔を真っ赤にして否定する。そしてわずかに黙り、少年の咀嚼する音だけが聞こえる。
「あのね。……ありがとう」
少女はそう言って微笑み、まっすぐ少年を見つめる。少年はそれに頬を赤らめ、恥ずかしげに目をそらした。
食べ終わった二人は立ち上がり、レンガ畳の道を歩く。
「ねえ祐一くん。お母さんのこと……好き?」
「好きだよ。なんで?」
「ボクも好きだよ」
「それがどうしたんだ」
「……それだけ」
そこで言葉を切った少女を、少年はいぶかしげに見つめていたが、やがて「そっか」と呟き、顔を前に向けた。
「あのね」
少女がまた口を開く。
「――お母さんがいなくなっちゃったんだ。ボクひとり、置いて」
うつむき語る少女。それを見ながら、少年はなにも言うことができない。
「……それだけ」
そして言葉を切り、少女は足を止めた。
行き過ぎかけた少年は振り返る。少女は沈んだ顔で、敷き詰められたレンガをじっと見ている。
「明日も、一緒に遊ぼうな!」
沈黙を破って少年がそう言った。
「えっ、本当?」
少女はたちまち顔を上げて、しかしまだ意外そうな表情で、聞き返す。
「ああ、あゆさえ良ければな」
その言葉を聞いて、少女はようやく笑顔になる。
「ボク、祐一くんといると、楽しかったときのこと、思い出せるから」
少年も微笑み、ゆびきりをしようと右手を差し出す。少女はつい左手を出してしまい、慌てて手を替える。
小さな手と手がゆびきりをする。夕日に照らされてその影がレンガにくっきりと映った。
第6話 謎だらけの嬉遊曲(ディヴェルティメント)
そんなわけで第6話が始まりました。
最初の「――夢」から始まる独り語りのあとにオープニングが始まり、そのあとに子供時代の祐一の回想があって、サブタイトルが出て本編スタート。
どうやらこの形が、京アニKanonのスタンダードスタイルのようです。違うときもけっこうありますが。
しかし相変わらず子供時代のあゆは可愛いです。それがどうして、食い逃げうぐぅになってしまったのやら……。
昔の夢は終わり、お話は現在に戻ります。
夜の寝室。祐一は物音で目を覚ましました。
「あはは……」
毎晩恒例の真琴イタズラタイムです。
今夜はなにをするのやら……と思ってたら、彼女はねずみ花火を取り出します。そして火をつけて部屋に投げ込み、ドアを閉めました。さすがにこれはシャレになりません。
「……あんのバカ!」
すさまじい反射神経で飛び起きた祐一は、床に落ちた花火をすべて拾い上げ、ドアを開けて投げ返し、すぐに閉めて耳をふさぎました。
なんか戦争映画とかで、投げ込まれた手榴弾をすぐに投げ返すシーンを連想させます。ちなみに旧日本軍の手榴弾は爆発するまでに7〜9秒もかかり、よく投げ返されたり、投げ返されたものを投げ返したりしてたそうです(本当にKanonの視聴記か、これ)。
ドアの向こうからねずみ花火の炸裂音と、真琴の悲鳴が聞こえてきました。
一通り炸裂音が収まったあとにドアを開けると、硝煙漂う中で、涙目になった真琴が尻餅をついていました。
「あうぅー。びっくりしたよぅ」
それを、祐一は厳しい顔をして見下ろしました。そろそろイタズラも冗談で済まされないレベルです。
「今度はなにがあったの?」
と、寝巻き姿の秋子さんが階段を上ってきました。秋子さんの寝室は一階にあるみたいです。
「花火だねー」
隣室のドアが開いて、半分寝たままの名雪も出てきました。さすがに廊下でねずみ花火は、近所迷惑すぎます。
「こんなもん、どこで買ったんだ」
厳しい声で、祐一が説教を始めようとしたところ、
「真琴、花火がしたかったの?」
そう、秋子さんが優しく訊いてきました。
「えっ? ……う、うん」
てっきり怒られるものだとばかり思っていたのに、予想外の反応に戸惑いながらも真琴はうなずきます。
「それならわたしに言ってちょうだい。真琴にしたいことがあったら、ちゃんと話を聞いてあげるから」
その言葉で、この事件は不問となりました。名雪もノホホンと「良かったね、真琴」などと言っております。
「つーか少し反省しろ、お前は」
祐一ひとりが、厳しい顔をしておりました。
次の日の朝。
目を覚ました祐一は、朝の準備を済ませてダイニングへと降りていきました。そこでは秋子さんが朝食の支度をしていて、祐一の分もすでにテーブルに用意されています。
「おはようございます」
祐一が秋子さんに挨拶します。ということは、今朝は顔をあわせるのはこれがはじめて。すると秋子さんは物音だけで降りてくる時間を計算して、朝食の膳を用意したということでしょう。さすがです。
「おはようございます、祐一さん。日曜日なのに早いですね」
時計の針は8時31分を指しています。
「名雪は?」
「まだ寝てるみたいですよ。でも今日は部活があるから、あんまりのんびりできないはずだけど」
「あとで俺が起こしてきますよ」
「そう。じゃあ、祐一さんにお願いしようかしら」
「真琴もまだ寝てるんですか?」
「そろそろ起きてくるころでしょう」
そう言って秋子さんは、祐一の湯のみにお茶を注ぎます。
「秋子さん、ボクにも!」
「はいはい」
新たに差し出された湯のみにも注ぐ秋子さん。
祐一は手を合わせ「いただきます」と食べ始めました。
「……ハヒッ! フヒハヘフヒハハ!」
「ごめんなさい。あゆちゃん、猫舌だったのね」
そんな会話を聞きながら、祐一は黙々と朝食を口に運んでいました。
このシーン、背景の壁に小さくですが時計があります。
普通なら適当にまとめて一枚絵だけで描けばよさそうなものですが、細かいことに秒針が動いているんですよこの時計。しかもちゃんと15秒で1/4回転しています。
さらに細かいことに、祐一が食べ終わるとき一瞬だけカメラが祐一の手元に切り替わるのですが、その一瞬で分針が約10分進んでいます。こういう些細なところまで気を使ってくれる京アニが好きで好きでたまりません。
「ごちそうさまでした」
「ボクも、ごちそうさまでした!」
そして食べ終わったに祐一は箸を置いて、両手を合わせました。いまどきの若者には珍しく礼儀正しいです。……まてよ、Kanonは20世紀のお話だったか。
「じゃあ、部屋に戻ってますんで」
と、廊下に向かって歩きかけた祐一でしたが、伸びてきた手が服の裾を掴んで動きを止めました。
「うぐぅ……祐一くんイジワル」
「お、あゆ。いつからいたんだ?」
さっきから祐一の正面に座っていました。
まるで居ないかのように朝食をとる祐一の行動は、昨日とは趣向を変えた意地悪です。ご丁寧にカメラフレームまであゆを外してました。
秋子さんがまた朝食にさそったとのことですが、二回連続で、朝に外でバッタリ出会うものでしょうか? もしかしたら昨日出会ったときに秋子さんが「これからは毎朝朝食を食べに来ていいですよ」などと言ったのかもしれません。おそろしや。
「ねえ祐一くん。今日はこれからどうするの?」
気分を取り直して、あゆが笑顔で祐一に訊ねます。
「一日中、盆栽いじりに精を出すつもりだ」
「せっかくの日曜日なのにそんなのもったいないよ。ボクと遊ばない?」
祐一のボケをあっさり無視するあゆ。とんだボケ殺しです。
「食い逃げかっ!?」
「ちがうもん!」
あゆは素早くポケットから紙切れを取り出し、祐一の眼前に突きつけました。二人分の映画館のチケットです。
「なら、俺と一緒に行きましょうか」
あゆの頭上を通り越して、秋子さんに向かってそう冗談をいう祐一。
「あら、それも楽しそうね」
それに乗る秋子さん。ボケ殺しのあゆとは器がちがいます。
「うぐぅ……」
ですがあゆはまともに受け取ってしまい、がっくりうなだれてしまいました。
秋子さんが「私も名雪も用事があるから二人で行ってらっしゃい」となだめます。
祐一もあゆいじめを充分楽しんだので、あゆと二人で映画に行くことを約束しました。途端に笑顔になるあゆ。
どうしても女の子を一度落としてから持ち上げないと気がすまない祐一です。どこでそんなにひねくれてしまったのでしょうか。
「それじゃ、5時に駅前でね」
そう約束して、あゆは帰りました。
すぐにでも映画に行くのかと思ったら、夕方からというのはどういうことやら。祐一もあゆも暇そうに見えるのですが。
ですがあゆも女性の端くれ、いろいろと準備がいるのでしょう。それに、夕方から映画を見ていいムードになったところで外に出ると夜、というのは悪くない流れです。ただのうぐぅかと思ってましたが、とんだ策略家かもしれません。
あゆと入れ替わりのようにして、名雪が降りてきました。
「よく一人で起きられたわね」
高校生にもなって、実の母親にまでそういわれてしまう名雪さん、かわいそう。
「玄関で音がしたから。誰かが転んで倒れるような音と、『うぐぅ、痛いよう』っていう声」
玄関で音がしなければまだ寝てたようです、さすが名雪。しかし、数十個の目覚まし時計の轟音にも耐えうる名雪さえ起きてしまうって、どんだけ派手な音立てて転んだんでしょうかあのうぐぅは。
「あいつまた転んだのか」
呆れたように言う祐一に対し、秋子さんはあゆのフォローをします。
「嬉しくて、足元がお留守になっちゃったのね」
「いや、あのドジは昔からです」
「えっ? あゆちゃんのこと、昔から知ってるんですか?」
「友達なんです。この街に遊びに来ていた頃の」
「そう……」
何気ない祐一の言葉になにか思うところがあったのか、秋子さんは物憂げな顔を浮かべます。そして、
「――もしかすると、ずっと祐一さんのこと、待ってたかもしれないわね」
と、小さく呟きました。
「え?」
「なんでもありません。ひとりごとです」
気になる言葉ですが、秋子さんがなんでもないって言ったらなんでもないのでしょう。
納豆を混ぜながら寝てしまった名雪をおいて、祐一はダイニングから出ました。
「んふんふんふふーん」
階段を上ろうとしたときに、真琴と出会いました。朝から鼻歌なんか歌って上機嫌です。昨夜の反省の色など欠片もありません。
「お前、ゆうべあれだけのことをしておいて、よく平気な顔でいられるなあ」
「どんな顔してようと、真琴の勝手でしょー」
そう言って通り過ぎようとしましたが、そんな真琴の襟首を祐一が掴みました。
「おっと待った、話があるんだ」
「え?」
真琴の部屋まで戻り、祐一は床に数冊の求人情報誌を広げました。
「なあに、これ?」
マンガ以外の本には、まったく興味を示そうとしない真琴。
「バイト探すつもりで買っといたんだ。でも、俺よりお前の仕事をみつけるほうが先だ」
「仕事ぉ? 真琴、働くの?」
明らかに不満げです。
「お前に常識がないのは、社会経験が不足してるからだ。世間の荒波に揉まれて、少しはそういうの憶えてみろ。それに給料を貰えば、マンガや肉まんだって好きなだけ買えるぞ」
「あぅー」
どうみても真琴は乗り気じゃないですが、祐一は強引に話を進めました。
「マンガ喫茶のウエイトレス?」
面接申し込みの電話をしている真琴を見ながら、秋子さんは祐一にそう尋ねました。真琴が「マンガ読んでていい仕事」などと言ったために、マンガ喫茶でのバイトになったらしいです。
しかし、『社会経験が不足していて常識が無く、マンガ読んでていい仕事だと思っているバイト』だなんて……経営者からすれば、できれば来てほしくない人材です。
秋子さんも経営者の気持ちなのか、浮かぬ顔をしています。ですが祐一は得意げです。
「外に出ていろんな人と会えば、記憶だって戻るかもしれないでしょう?」
「そう……かもしれないわね」
そうしているうちに、真琴の電話が終わりました。
「夕方ごろ面接に来てくれだって」
「よかったじゃないか。うまくいけば、今日中に決まるぞ」
「良かったのかなぁ」
「しゃんとしろ。しゃんと。途中まで送ってやるから」
「あぅー」
そして時間は流れて夕方。
バイト予定のマンガ喫茶まで真琴を送った後、祐一は学校に来ました。「名雪は部活か」などと言い訳しておりましたが、きっとまたブルマー見学のつもりです(ひどい言われよう)。
しかし体育館を覗いても名雪はいませんでした。外でランニングでもしているのでしょうか? 他の女子部員も、今日は上下ジャージ姿なので二重にがっかり。そもそもいくら室内とはいえ、真冬にシャツとブルマーだけって方が間違ってます。
あきらめて学校から出ようとしたとき、ふと中庭が気になりました。
「まさか……あいつは来てないよな」
念のために行ってみると、そのまさかの人影がありました。チェックのストールをまとった小柄な少女です。
「こんにちは」
深い深いため息をついた祐一とは対照的に、栞はいかにも嬉しそうに挨拶をしました。
「……なにやってんだ、こんなところで」
祐一の声は呆れるというよりも、むしろ怒っています。
「祐一さんはどうしたんですか」
「俺は知り合いが部活をやってるかと思ってのぞきに来ただけだ」
「ここで練習しているクラブはありませんよ?」
「――落とし穴でも作ろうかと思ってな。風邪引いてるのに出歩いているやつを捕獲するために」
「わっ。そんなことする人、嫌いです」
怒っていても小粋な会話は欠かさない祐一。栞の前では、大人ぶってしまうのでしょうか。
「もしかして、昼からずっとここにいたのか」
言われて、栞は途端に図星を指されたという顔になります。
「わっ……えっと……えへへ、そうなりますね」
「お前なぁ。こんなことしてるから治らないんだぞ。なに考えてるんだ本当に」
真冬の屋外でコートもなしに数時間待ってるなんて、想像しただけで恐ろしい。北国の一月は、昼間であっても冷蔵庫の中より寒いのです。
祐一の厳しい声に栞も笑顔を消して、目を逸らします。
「ほんと、変ですよね。誰もいないってわかってるのに、それなのにこの場所に立ってて、やっぱり誰もいなくて。それなのに、この場所を動くことができなかった。もしかしたらって、そんな曖昧な希望にすがって。結局ひとりぼっちで、こんな時間まで」
祐一に背を向け、栞の口からとめどなく言葉が流れます。
「――バカですよね?」
栞は無理やり笑顔を作って振り向きました。
「ああ、バカだ」
「あっ……」
祐一は脱いだコートを手に持っていて、すぐに栞の肩にかけてやりました。
「……あったかいです」
そう呟いた栞から視線を上げ、祐一は自分達を照らす夕陽を見上げます。
「すごい夕焼けだな」
「……ええ」
「栞。一つだけ、正直に答えてくれ」
「体重とスリーサイズ以外ならいいですよ」
「どうして、毎日こんな場所に通ってくるんだ。なにかわけがあるのか」
「ほんとにわたしにもわからないんです。……わからないその答えを探しに来ている、という答えはどうですか」
その言葉になにか思うところがあるのか、祐一は黙ったまま夕陽を見つめます。
栞は一転して、自分の言葉を茶化すように続けました。
「いまの答え、ちょっとかっこいいですよね」
「全然」
「わっ、ひどいですよ。一生懸命考えたのに」
そのとき、遠くから鐘の音が聞こえてきました。
それを耳にして、祐一は約束を思い出しました。
「うっ、鐘の音!? ってことは今……」
「ああ、ちょうど5時ですね」
「やばい!」
ここでAパート終了です。
えー、私は栞優遇説を唱えたい。
じっくり見ていて気付いたのですが、明らかに栞は作画でも演出でも優遇されている気がします。京アニによる差別でしょうか。……もしかして石原監督の好み?
まあ、マンガ好きキャラの真琴がマンガっぽい演出にされたように、ドラマ好きな栞(まだアニメではその設定が出てきてませんが、原作ではそうでした)はドラマのような演出にされて、それがたまたま私の好みに入っただけという可能性もなきにしもあらずですが……やっぱり栞の演出がいい気がします。
原作ゲームのKanonでは、栞は一番メインテーマとは関係ないヒロインでしたが、京アニ版である当作品では、メインテーマから一歩外に出つつメインテーマをしっかり表現している気がします。
なんか最終回あたりで「というわけで祐一さんは、彼女達を幸せにすることができました。めでたしめでたし」と栞が語っていた、というのがオチになる予感までしてきました。
(さすがにそこまで原作をすっ飛ばしたことは、京アニに限ってしないとは信じますが)
やたらと妄想が炸裂しすぎましたが、Bパートに移ります。
雪の積もる、夕焼けの街の中。祐一は息を切らせて走っています。
やがて、ベンチにうつむき座るあゆの姿が見えました。
「あゆー!」
「……あ、祐一くん!」
あゆは祐一の姿を見つけると、笑顔で立ち上がり手を振りました。さっきまでのうつむきなどなかったかのようです。
「悪い、遅刻した。ちょっといろいろ忙しくてな」
奇しくも子供のときと同じセリフを発する祐一。AパートとBパートの出だしが同じというところが印象深いです。
「ううん。来てくれてよかったよ!」
あゆは笑顔で許してくれます。待たされるとすぐに恨み言をこぼす名雪などとは器が違います。
しかし祐一はとことん女の子を待たせます。女性を待たせる星の下にでも生まれついたのでしょうか? そんな星などなくなってしまえと思いますが。
今回も「いろいろ忙しくて」と言っていましたが、わざわざ学校まで行ったのが良くなかったのです。そんなにブルマーが見たかったのか祐一。
真琴を送っていったあと、そのまま駅前で適当に時間を潰していれば遅刻することもなかったでしょう。まあもっとも、その場合だと栞は中庭で凍え死んでましたが(ひどい言われよう)。
祐一とあゆは、二人並んで映画館まで歩きます。あゆは満面に笑みを浮かべ、ものすごく嬉しそうです。
「そんなに映画が嬉しいのか?」
「映画も楽しみだけど、やっぱり待ってた人が来てくれることが一番嬉しいよ。それだけで、今まで待ってて良かったって思えるもん」
あゆの言葉をおおげさだと言い返しつつも、祐一はなにか思うところがあるのか「待つ……か」と小さく呟きます。
やがて映画館に近づきます。祐一はあゆに尋ねました。
「映画、なにやってるのか知ってるのか?」
「さあ? あんまり映画とか見ないから」
映画『恐怖の月』
(恐怖の目、かもしれません。最後の漢字の下半分がフレーム外のため判別不能)
「――めちゃくちゃ怖いって評判のヤツだな。失神した客が何人もいるとか、上映禁止になった館があったとか」
「あ……あああ……あ……」
他人事のように冷静に解説する祐一。対してあゆは、顔面を真っ青にして震えています。上映作品をチェックしていなかったあゆのミスです。策略家かと思ったら策におぼれてたというところでしょうか。ムードを盛り上げたかったら、作品の下調べは必須です。
昔、「スピルバーグの映画をみて感動しよう」などと浅い考えのカップルがうっかり『プライベートライアン』の上映を見てしまい、序盤の上陸作戦のときの連続スプラッタシーンに凍りついた。などというエピソードを聞いたことがあります。
ところで、たまたま先週放映分の視聴記で、無理矢理こじつけて『MOON.』の話をしたのですが、まさか今回でいかにもそれっぽい映画が作中にでるとはなんという偶然でしょうか。京アニはサービス精神旺盛過ぎます。CLANNADも出してー。
「どうした、早く入ろうぜ」
「う、うぐぅ……」
全身ガタガタ震えているあゆを引きずり込み、上映が始まりました。
「そんなに怖くはないなぁ」
「そ、そうだね」
「おっと。体が爆発した」
「そ、そうだね」
「嫌がってたわりには、けっこう冷静だな」
「そ、そうだね」
「――って、全然スクリーンを見てないだろっ」
ダッフルコートを頭からかぶって震えているあゆ。祐一はそのコートを剥ぎ取ります。
「ああぁ! うぐぅー!」
あゆは残像が出るほどの勢いで手を振り回し、コートを取り返します。
「こ、怖かったぁ……」
そしてまた頭からかぶってしまいました。
「ちょっとくらい見たらどうだ?」
「見てるもん!」
「力いっぱい、目閉じてるじゃないか」
「閉じてるけど、見てるもん!」
「せっかく入ったのに、もったいないだろっ」
またコートを剥ぎ取る祐一。
「うぐぅー! 返してよー!」
またも高速で手を振り回して、千手観音みたいな残像を発生させるあゆ。
そういえば、アニメでこういうふうに手を動かしたときに残像をいっぱい発生させることを「オバケ」と呼ぶらしいですが、お化けを怖がるあゆがオバケを出しているというのが、3重の意味で言葉がかかっていて楽しいです。
「ううう、うぐぅっ!」
「うぐぅぅぅぅぅ」
「……ッ! うぐぅー!」
「――うぐぅにも、多様なバリエーションがあるんだな」
「うぐぅ……」
祐一も映画より、あゆの様子を見てる方が面白くなってきたりしていました。
うぐぅ可愛いよ、うぐぅ。
そうしているうちに映画も終わりました。叫び疲れてへろへろになったあゆを連れて、近くの喫茶店へと入ります。よくみれば、第1話であゆと出会ったときに入った喫茶店です。
温かい物を飲んで、あゆもようやく人心地つきました。
「ボク、子供の頃から幽霊とかお化けとか全然ダメなんだよ」
Kanonマニアがニヤニヤしそうな名台詞を口にします。
「に、したって怖がりすぎだ。だいたい普通こういうシチュエーションでは女の子が…………」
「ん? んんー?」
「キャァァァァァッ!!」
「うぐぅー!」
「……とか言って、しがみついてくるもんだろ」
またも祐一に驚かされて、あゆは胸を押さえながら答えます。
「そんな余裕、なかったもん」
「そんなんだから、小学生の男の子に見られるんだ」
「……うぐぅ。そんなこと言うの祐一くんだけだもん。ボク、女の子だもん」
「カチューシャしてるからなぁ」
「してなくても女の子だもん!」
「そうかぁ? カチューシャ外して、髪を短く切ったら、小学生くらいの男の子に間違えられるんじゃないのか」
「うぐぅ……ボク、小学生じゃないもん。ちっちゃいけど、祐一くんと同い年の女の子だもん……」
あゆは目を潤ませて、今にも涙がこぼれおちそうです。それを見て、優しく微笑む祐一。……ちょっとまて、そこで微笑みますか普通。底知れぬサドですか祐一。
しかし今回の喫茶店のシーンは、原作ゲームを思い出すといろいろニヤリとさせられる発言が多いです。
「もう真っ暗だね」
「ああ。そろそろ解散だな」
その後、喫茶店から出た二人。あそこまでヘコんでいたあゆを、どんな手管を使って立ち直らせたのかは謎です。
なにやら寂しげにうつむくあゆに、祐一は優しく語りかけました。
「今日は楽しかったよ」
「えっ?」
「ありがとな、あゆ」
と、微笑む祐一。その笑顔をみただけで、あゆは頬を赤く染めて満足の笑みをうかべます。
すっかりご機嫌を直したうえに、前以上に祐一への好感が高まったに違いありません。相沢祐一の得意技「落としてから持ち上げる」は、大きな落差がついているだけに、常に優しくし続けるよりも効果があります。さあみんなもやってみよう!
(※やらねー方がいい)
あゆと別れて、家に向かって歩く祐一。
「……ん?」
ですが、なぜかあゆがついてきました。映画のせいか、夜道が怖いらしいのです。祐一は呆れながらも、あゆをエスコートしました。
「このへんまでで、いいだろう?」
もう水瀬家も近くなったところで、祐一はそう言いました。このままですと家にまであゆがついてきます。
デートのあとで自室に案内するというのは、まあありがちなパターンともいえます(高校生にはまだ早い気もしますが)。とはいえ、他の家族がいる家に連れ込むのは正気の沙汰ではありません。
「――それとも、家まで送っていくか?」
「うぐぅ……。大丈夫、帰る」
あゆは自分に気合を入れて、眉を吊り上げて大またで歩いて帰っていきました。
「……ヒュー、ドロドロドロドロドロドロドロ」
「うぐぅー!」
祐一のイタズラ声に、回れ右してダッシュで戻ってくるあゆ。
「祐一くんのバカバカバカバカバカバカバカバカ!」
「言いすぎだ」
ひとしきり祐一を叩いたあと、あゆは全速力で帰っていきました。
「……そういやあいつ、どこに住んでるんだ?」
ふと、祐一はそう呟きました。
「いねむりぃ!?」
家に帰った祐一。そこで真琴から聞かされた面接の結果がそれでした。
「面接ながら寝ちゃったの。うとうとってして、くーって。そしたら『もうキミ帰っていいよ』って」
それを聞いて祐一は呆れ顔ですが、名雪がフォローします。
「わかるよ。じっとして人の話を聞いていると、眠くなるよねー」
「共感するな。共感」
そういえば私も、就職試験中に居眠りしたことがあるので共感できます。その会社には見事合格したわけですが、いまだに社長の話を聞いてるときに居眠りしたりしています。そのうちクビになるんじゃなかろうか。
とにかく、真琴のバイト作戦は大失敗です。ところがそのとき、秋子さんが一つ提案をしてきました。
「よかったら、わたしの知り合いの仕事を紹介してもらいましょうか」
「え?」
一同が驚いたような顔で秋子さんを見つめます。収入源が謎の秋子さん。その知り合いの仕事ですから侮れません。どっかの国の外人傭兵部隊だったらどうしましょう。
「保育所をやってるんだけど、いま人手が足りなくて困ってるそうなの」
そんな危険な仕事ではなかったようです。とはいえ油断は禁物。もしかしたら新兵養成所のことを隠語で『保育所』と言うのかもしれません。泣いたり笑ったりできなくしてやる!
まあ、バカ話はこのくらいにしておいて。
「――はい。それじゃ明日からよろしくおねがいします」
そう言って秋子さんは電話を切りました。さすがは一秒了承の秋子さん、話をサクサクまとめてしまいました。
「はぁ。子供かぁ……」
ですが真琴はやはり浮かぬ顔です。
「小さい子の遊び相手ならなんとかなるだろ? お前だって子供みたいなもんだし」
相変わらず一言多い祐一。あと、子供みたいだから子供の相手に向いているというのは、教育というものを舐めてます。
「できるのかなぁ、真琴に」
うつむく真琴の両肩に、秋子さんが手をおきます。
「できるできる。わたしが保証してあげるわ。頑張ってごらんなさい、真琴」
「……うん」
時刻は回って夜の9時近く。
「……そろそろか」
祐一はコンビニでおにぎりを仕入れて、夜の学校へと向かいました。もちろん目的は舞です。
校舎への無断侵入もすっかり手馴れてきました。コンビニ袋を覗き込みながら祐一は自嘲的に呟きます。
「はぁ……なにやってんだろうな。俺」
そう言いつつも、顔がなんか嬉しそうなあたりが、天性の女たらしだという証明です。
と、大量の机が倒れる轟音が聞こえてきました。
祐一は音のした方向に駆け足で向かいます。すぐに教室で剣を構えている舞を見つけました。
「舞! ……怪我はないか?」
「ないと思う」
「また魔物か?」
「うん」
答えつつも、一分の隙もない構えを崩さない舞。椅子と机が散乱する教室の中で、すばやく周囲に視線を走らせます。
と、舞が構えを解きました。
「……もういない」
「そうか」
答えて、祐一は周囲を見回しました。
まともに考えればこの状況は、たんに舞が暴れて机を倒しまくっただけです。しかし、一度見えないなにかに吹き飛ばされた経験をもつ祐一には、魔物の存在を否定しきれないところがありました。
「祐一」
「……えっ?」
「しばらくここには来なくていい。あの子のそばにいてあげて」
「あの子? ……真琴のことか」
舞は無言でうなずきます。しかし祐一には納得がいきません。
「ゆうべも優しくしてやれとか言ってたよな。どういう意味なんだ? 真琴のこと、なにか知ってるのか」
「何も知らない。ただ……」
「ただ?」
「もうすぐあの子には祐一が必要になる。他の誰よりも」
「……」
「そんな気がする」
「気がするだけか……」
と言ったものの、どこまでも真剣な舞の言葉が、祐一の心に深く残りました。
「ただいまー」
舞の言葉に従って家に帰ってきた祐一を、すっかり寝る準備を整えた名雪が迎えます。
「ふああー。またでかけてたの?」
「ああ、魔物退治だ」
「……ねぇ、魔物ってなんのこと?」
いぶかしげに尋ねられます。たしかに魔物退治なんて言われても、いったいなにをやってるんだかわかりません。暴走族とかに人誅でも食らわせているんじゃないかと不安になります。凄いこと考えるなあ名雪(考えてません)。
「俺にもわからん。……わからないその答えを探してる、ってのはどうだ?」
可哀想な栞。勝手に引用されてギャグにされています。
「ますますわからないんだけど……」
「まったくなぁ。世の中わからないことばっかりだ」
茶化すようにそう言って、祐一は着替え片手に浴室へと向かいました。
脱衣所に入ろうとすると、中からパジャマ姿の真琴が出てきました。本日の覗きは失敗したようです、サー。
「なんだ、お前が入っていたのか」
「いい湯だったわよ。早く入ってくれば?」
言って、真琴はすました顔で去ってゆきました。
「……ん? なんだこの匂い」
どこからか漂ってきた香りを不思議に思いつつも、祐一は脱衣所に入って服を脱ぎ、浴室のドアを開けました。
開けた瞬間に、猛烈な味噌の香り。
「……げぇぇー! み、ミソシール!」
浴槽一杯に入ったお湯に、味噌が溶かされていました。さながら巨大な味噌汁です。
「バカがぁぁぁぁぁぁ!!」
真琴が連れてこられ、脳天にゲンコツを落とされます。
「イターイ!」
「こんなに大量の味噌汁作ってどうする!」
「なによぅ、証拠でもあるの!?」
「こんなバカなことを、他の誰がするんだ!」
「真琴だってしないもん!」
さんざん否定した真琴ですが、
「真琴。食べ物を粗末にしたら、だめよ」
秋子さんが静かにそう諭すと「あぅ……ごめんなさい」と素直に謝りました。
ですが祐一はこの度が過ぎたイタズラに、そうそう苛立ちが収まりません。
「おんなじこと何度も繰り返しやがって。何考えてんだ、いったい」
「だって……」
涙目でうつむく真琴。
祐一はそれをにらみつけながらも、『もうすぐあの子には祐一が必要になる。他の誰よりも』という舞の言葉を思い出していました。
浴槽の栓が抜かれます。大量の味噌汁は、渦を巻きながら排水口に吸い込まれてゆきました。
第6話 終
あゆと真琴と栞の話がほどよくミックスして進んだ今回、その中でも真琴のはどんどんクライマックスに近づいているのがわかります。一方、名雪の出番は無きに等しいのですが……。
あと、やはり栞が優遇されている気がします。他の4人のヒロインに、はちゃめちゃなポイントがあるせいかもしれません。今のところ常識的で地味な栞を演出で補っているため、彼女の登場シーンがやけに印象的になっているのでしょうか。早くバニラアイスが出てこないかなぁ。
次回「第7話 家出と仔猫の遁走曲(フーガ)」
真琴シナリオがどんどん進んでいます。予告でとうとうぴろが出てきました。
ところで、栞の背景に見える山並みって、すごい見覚えがあるんですが……私の実家近くからこんなのが見えていたような……。
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