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――夢
これが夢であることに気付いたのはいつだったろう
ずっとずっと昔 それともほんの数分前
その答さえも 夢の中にかすんで
流れているのかさえわからない時間の中で
いつか目覚める日を夢見ながら
「……寒い。……重い」
雪の降る夜。祐一は少女を背負って家への帰り道を歩いていた。
買い物途中に突然襲い掛かってきて、そのまま気絶してしまった少女。さすがに放置しておくわけにもいかず、連れて帰ってきたのだ。
少女とはいえ、人ひとりの重さを背負って歩くのは楽ではない。自然と文句が口からこぼれてしまう。
ようやく家へとたどりつき、祐一は扉を開けた。
「おかえりー。おでん種、買って来てくれた?」
待っていたかのように声がかかる。従兄妹の名雪だ。
笑顔で玄関まで出迎えてきてくれたが、祐一が見知らぬ少女を背負っているのを見て不思議そうな顔になる。
「大きなおでん種……」
「ああん? これが食い物に見えるのか、お前は」
妙な感想を漏らした名雪に向かって、祐一が呆れたように聞き返す。いいかげん疲れているので、心の余裕がいつもより無いのだ。それにふとすると、名雪が真面目に言ってきているように思えて怖い。
「まあ……大きなおでん種……」
名雪の母親、秋子さんまでもが頬に手を当ててそんなことを言ってくる。
「いや、そういうボケはいいですから」
祐一は手をパタパタと振って、この場を流した。
とりあえず秋子さんが謎の少女を布団に寝かせた。
「どういう事情なの?」
名雪が祐一に尋ねる。服も着替えて人心地ついた祐一は、いかにもやれやれといった口調で説明をした。
「歩いてたら、一方的に殴りかかってきて、気絶したんだ」
「はしょりすぎだよ。それじゃ全然わからないよ」
「と言われても、本当にそれだけの話なんだ」
微動だにせず眠っている少女。祐一でさえ彼女がなんなのかさっぱりわからない。
「とにかく、起こしてあげないとね。もう夜だし、お家の人も心配するでしょうから」
「です……ね」
秋子さんの言葉にうなずく。寝ている少女はまだ中高生程度なのだ。
「おい、起きろ!」
呼びかけるが反応はない。頬をつついてみたりもするが、少女はまぶたを動かしさえもしない。
「おーい! メシだぞ!」
「ごはん!?」
適当に叫んでみた言葉に、少女は突然飛び起きた。
「どこ? どこ? どこー!?」
そのまま辺りをひとしきり駆け回った後、
「……アンタたち、誰?」
呆然と見つめる三人に向かって、少女は不思議そうに呟く。
「それはこっちのセリフだ」
もういい加減疲れてきた祐一だったが、それでも律儀に突っ込んだ。
そんなわけでKanon第3話、真琴メインの話から始まります。本当はこの時点では名前不明の少女ですが、もう面倒なので最初から真琴と呼びます。
「いっただっきまーす!」
ぐつぐつと煮えるおでん。目が覚めたばかりだというのに真琴はすごい勢いでご飯をかっこんでいきます。
「お腹減ってたんだね」
「お前なぁ、少しは遠慮しろよ」
「いいのよ。たくさん食べてくれると嬉しいわ」
真琴の食べっぷりを微笑ましそうに見ている名雪と秋子さん。ですが祐一は不満げです。実害はないとはいえ襲い掛かられたのですから、第一印象は最悪です。
「で、お前。何者なんだ」
まだ真琴の名前は不明のため、お前呼ばわりです。
「憶えてないの」
「はあ?」
「自分が誰なのか、忘れちゃった。きおくそーしつ、ってやつね。ちょっとかっこいいでしょ」
おでんを食べつつ、すごいどうでもいいことのように語る真琴。
祐一はとりあえず殴りました。
「イターイ! どうして殴られなきゃならないのよぅ」
「そんな嘘、バレバレなんだよ。真面目に答えろ」
「本当だもん!」
「記憶喪失なのに、なんで俺のことだけ憶えてるんだよ」
「アンタに恨みがあることだけは憶えてたの。でも他のことはなんにも憶えてないの」
「そんな都合のいい記憶喪失があるか」
「あるんだからしょうがないじゃない」
「むぅー」
「うぅー」
にらみ合う二人、しかし一瞬の隙をついた真琴が、すばやく祐一の皿からおでんを奪って食べてしまいました。
「ああー! 最後にとっておいたきんちゃく! ええぃ、このっ!」
激怒して立ち上がる祐一。そんなに怒ることないじゃん大人げない、と思われる方もいるかもしれませんが、私には祐一の気持ちがよくわかります。
昔友人と一緒に刺身食べていたとき、私が口に運ぶ寸前のマグロを「トラクタービーム!」との掛け声と同時に奪われたときは、その場で殴りあいになるほど怒ったものです(どうでもいい思い出)。
逃げる真琴。追いかける祐一。そんな二人を名雪は微笑ましそうに見つめていました。
第3話 記憶のない組曲(パルティータ)
ともあれ、真琴の身元を確認しなくてはいけません。
とりあえず、身分証明書のようなものがないかと、彼女の財布の中身を取り出してみました。
・テレホンカード
・CDショップの割引券
・コンビニ(ファミリーマート)のレシート
・現金3千円
――以上、真琴の財布の中身より
「――なんか女の子の財布の中身ってより、落し物をそのまま流用しているみたいだな」
「あたしの勝手でしょ」
祐一が女の子の財布にどんな期待をしていたのかは知りませんが、少なくとも身分がわかりそうなものは一つもありません。
「あ、写真」
名雪がプリクラが入ってるのを見つけます。ですが、そこには真琴が一人で突っ立っている姿が映っているだけ。
「お前、友達いないのか」
「ほっといてよ。それは、記憶をなくした後に撮ったやつ」
「なにが悲しくて、こんなもの一人で撮る気になったんだよ」
「だって、同じ年くらいの女の子がみんな撮ってたから……」
結局、何一つ手がかりはつかめませんでした。
「名雪。警察を呼べ」
「ええっ! 警察?」
祐一の言葉に、驚きの表情を浮かべる真琴と名雪。真琴はすげえ勢いで飛び跳ねて名雪の後ろに隠れます。
「当然だろ。行く当てのない身元不明の女の子を引き取るのは、警察の仕事だ」
「まってよ。そんなのやだよ。警察なんて怖いもん」
聞いた話なのですが、警察とヤクザが並ぶとヤクザの方がまだ優しそうな顔をしているらしいです。やはり治安維持のためにはそのくらいの威圧感がないといかんのでしょうか。
「だいたいお前、俺を恨んでいたんじゃないのか」
警察に突き出す理由がもう一つできました。
「だって、それは唯一のあたしの道標だから」
「道標? 祐一が?」
突然難しい言葉を使い始めた真琴に驚く名雪。知能レベルが急激に上がった!
「たくさんのことを忘れちゃってるけど、ただ一つだけ、憶えてることがあったの。それを、コイツの顔をみたとき思い出したの。コイツが憎いって」
「……ものすごく迷惑な道標だ」
真琴はなぜか祐一の顔だけを憶えていたみたいです。一体、祐一と真琴の間になにがあったのか……。
ふとこのとき私は、なんとなく神聖モテモテ王国を思い出してしまいました。記憶喪失なのに一人の人物の顔だけは憶えている。警察を異常に恐れる。いろいろ符号が一致します(無茶)。
「へへっ、今日は祐一にどんなイタズラをしてやろうかにゃー」などとほくそえむ、耳に突起物を生やした真琴の絵が脳裏に浮かびます。ぎゃわー。
「どっちにしろ、お前みたいな危ない奴と居れるか!」
「あぅー」
この家に居座ることを主張する真琴。反対する祐一。二人の意見は平行線です。そこで、名雪はこう提案しました。
「じゃあ、お母さんに聞いてみようか。ここに居ていいかって」
「了承」(一秒)
即座にOKが出てしまいました。さすがに家主の許可が下りてしまうと、祐一はなにも言えません。
空き部屋を自由に使っていいというと、真琴は無邪気に大喜びです。
ですが秋子さんは表面上はあっさりと了承しつつも、真琴に内緒で警察に確認を取ろうとしています。やはり侮れない人物です。
ところでこの水瀬家。空き部屋がいくつもあったり、ダイニングのテーブルが六人掛けだったりします。祐一が来る前は二人暮しだったというのに。
本来はもっと大家族で住むことを予定して作られた家だったのではなかったのか。そう考えると、なにか切ない物を感じてしまいます。
「さて、同居が決まった以上、名前くらいは思い出してもらわないと困る」
記憶喪失だって言ってるのに無理を迫る祐一。真琴もしょんぼり顔です。
そこで祐一は、とりあえずの呼び名を考えました。
「殺村凶子。これが、お前の名前だ」
得意げな祐一の顔面に、凶子(仮名)の平手打ちが炸裂しました。
人間、名前がないと不便だということを殺村凶子さん(仮名)は教えてくれます。
「見てなさいよ。頑張って、とーっても可愛い名前、思い出してみせるから」
「頑張って名前が可愛くなるか!」
「なるもん!」
「ならない!」
「なるー!」
「なんない!」
また言い争いを始めた二人を、名雪は微笑を浮かべて見つめています。
なぜか真琴の前では子供みたいにむきになる祐一に、懐かしい嬉しさを感じているのでしょうか。
深夜。
灯りも消えて、誰もが寝静まった水瀬家。
祐一は不審な物音に目を覚まし、そっと台所へと降りました。
「あぅー。あれだけじゃ足りないよ。なんかないかなぁ、食べる物」
そこには、冷蔵庫の中を漁っている真琴の姿がありました。それを見た祐一に、悪戯心が湧きます。
「チャーンス」
第六使徒を見つけたアスカのように呟く祐一。いくら真琴が髪型似ているからといってあんまりです。
忍び足で背後へと回り、冷蔵庫から投げ出されていたコンニャクを拾います。そして、それを真琴の背中ににゅろりと突っ込みました。
「いやぁぁぁうぅぅぅ! あーなんかなんかなんかなんかなんかなんか! あぁ! なんかやだぁ! あっなんかなんかなんか!」
「……あ、やば」
想像していた以上の大暴れをしはじめた真琴。ちょっとしたイタズラのつもりが、とんでもない騒ぎになってしまいました。
「こんな夜中に近所迷惑よ」
騒ぎに起きたのか秋子さんが現れました。寝ぼけ顔ながら名雪も起きてついてきてます。さすがに騒ぎすぎてしまったようです。
と、ふと気付いたんですが、真琴が叫んでから秋子さん&名雪が現れるまでが結構早いです。計ってみたら約12秒。寝室で跳ね起きて階段下りて現れるまでの時間としてはかなり早いほうです。さすが水瀬家、非常時の即応態勢が整っています。というかよく起きれたな名雪。
結局、お腹が空いたという真琴の意見を入れて、みんなで夜食を食べることに。
「こんな時間にご飯食べるのって、不思議な感じだね」
などと名雪はとくに不満そうでもないのですが、祐一ははた迷惑な同居人にすっかり困り顔。
4人で食卓についていますが、秋子さんだけ何も食べずに座っている描写とかがなんかよかったです。あのスタイルは努力無しに培われたものではないということか。
「記憶喪失の女の子ねぇ。なんだか知らないんだけど、恨まれてるんだろ? 昔その子と、ドロドロの恋愛関係にでもなったんじゃないか?」
「アホ。俺がこの町に来てたのは、10歳くらいのときだ」
翌日の学校。北川との世間話でも真琴の話題が出ます。
北川の仮説を一蹴してみたものの、祐一もその頃の記憶がろくに残っていません。7年前に何かあったのか。
「……雪、か」
教室の窓の外。振り続ける雪を見ながらなんとなくそう呟きます。ひらひらと下に落ちていた無数の雪が、風に吹かれて一斉に横に流れる演出が良いです。私も実家に帰りたくなってきました。
「おい、相沢」
「なんだ?」
「人がいる」
北川は窓の外、中庭を指します。
指されるままに見てみると、そこには昨日会った少女が立っていました。栞です。
「あの子、さっきからずーっとあそこに立っているんだ」
栞は、祐一の教室の方角を見上げていました。
チャイムが鳴って昼休み。祐一はコートを着込んで急いで教室から出ます。
「祐一、学食行くんじゃないの?」
「悪い! すぐに戻ってくるから」
名雪に一言返して、中庭へと走ります。
さきほど教室から見えていた場所に来ましたが、そこにはもう誰もいませんでした。
「帰っちまったか……」
と、後ろでゆっくりと歩く影。祐一は静かに振り返ります。
「こんにちは」
栞は微笑みながら、そう挨拶しました。
と、ここでCMです。
実は今回の第三話、最初見たときに「なんか作画違うような……まさか作画崩壊!?」などと慌ててしまいましたが、後日に落ち着いて見返せばそんなことはありません。
ただ、真琴の描写がなんかすごいマンガっぽいのです。力学的運動を無視したかのような勢いで跳ね回ったり、絵の具でも塗ったかのように顔を真っ青にしたり。
大口開けたときなんて、口が顔の輪郭からはみ出してたりしてましたから。
前の2回のKanonや、あるいはその前に京都アニメーションが作ったAIRでは、こういう表現は極力避けられていました。ですので今回、やけに違和感があったわけです。
しかしよく考えれば、真琴といえばマンガです(あと肉まん)。
Kanonヒロイン中、もっともマンガっぽい(非現実的な)キャラと言われる真琴ですので、こういう演出をされるのも納得です。
ロングのカットになったとき祐一の顔が手抜きになったり、秋子さんの頭が長くなってたりしたような気もしますが無視します。無視だって!
「どうしたんですか? こんなところで」
CM終わってBパート開始。雪の降る中庭で、栞がそう訊ねてきます。
「生徒以外の人間が入り込んでいたから、見に来たんだ」
「そうなんですか。ご苦労様です。でも、ちょっとだけ違いますよ? 生徒以外じゃないです。私は、この学校の生徒ですから」
「だったら、なんで授業中にこんなところに立ってるんだ」
「私、今日は欠席したんです」
「そういうのって、サボりって言うんじゃないのか?」
「サボりじゃないですよ。体調を崩してしまって、ずっと学校をお休みしているんです。昔から、あんまり丈夫な方ではなかったんですけど、最近特に体調が優れなくて」
栞は足を進めますが、真っ直ぐ祐一に近づいてはきません。まるで一定の距離を保つかのように、祐一を中心に円を描いて歩みます。ですが歩き終わるころには、その距離はちょっとだけ狭まっていました。
「こういうこと聞いていいのかわからないけど……何の病気なんだ?」
「実は、風邪です」
「…………へっ?」
心配そうな表情を浮かべていた祐一の顔が、一瞬で脱力したものに変わりました。
「今日は人に会うために、こっそり出てきたんです」
長期欠席はしているようですが、冬空の下に出歩ける程度には健康なようです。
「ここで、待ち合わせしているのか?」
「いいえ、実は私もその人のこと、よく知らないんです。名前も知らないし、学年もクラスもわからないんです」
「会ったことは、あるんだろ?」
「ありますよ」
「どんな奴なんだ? 男か、女か」
栞は口元に人差し指を当て、こう言いました。
「それは秘密です」
これを見たときに「あれ、この口癖はゼロス?!」などと思わず言ってしまいましたが、よく考えると栞も何度か口にしている言葉でした。スレイヤーズのことを思い出したのはどのくらいぶりかなー。
などとぼんやりしているうちに、栞の口癖の真打「そういうこという人、嫌いです」が出ましたが、普通に聞き流してました。なにやってんだ私。
「私、今日はこれで帰ります」
少し他愛のない話をしたあとで、栞はそう言いました。
「誰かに会うんじゃなかったのか?」
「今日はもういいんです」
微笑んで、栞は去ってゆきます。
なんかこう祐一の鈍感さは、端から見てるとイライラしてきます。栞の「今日はもういいんです」の意味は、『とりやめた』という物ではなく『満足した』という物だというのに。それにしてもどちらの意味にも取れる栞のセリフの狡猾なことよ!
「おーい!」
去ってゆく栞の背に、祐一は呼びかけました。考えていればまだこの時点では名前も知りません。
「俺、相沢祐一」
「……私、栞です」
「苗字は?」
栞はただ黙ってお辞儀をして、背を向けて帰ってゆきました。あゆのときといい、祐一はなぜか苗字を教えてもらえないことが多いです。
ところでここで、なぜ祐一は自己紹介をしたのでしょうか?
単に今思い出したから、というのなら普通です。しかしこれが、栞の言った「会う人の名前も知らない」という言葉に対応したものだとしたら……祐一は鈍感どころか、栞の回りくどい演技に話を合わせた趣味のわかる男ということになります。
そうだとすると、なんと狡猾なカップルなのでしょうか。十代の人間関係とは思えません。
「雪、止んだか……」
祐一は空を見上げて一人呟きます。
当然、名雪を待たせていることはすっかり忘れていました。
「うそつき」
「悪い……」
戻ると、名雪さんはすっかりすねてました。ただただ謝るしかない祐一。後ろで北川が「しょーがねーな」といった感じで頬杖つきながらニヤニヤしている描写がなんか良いです。
放課後になっても名雪はご機嫌斜めのまま。祐一は何度も謝り、今度なにか奢るという約束をしてようやく許してもらえました。
AIRではヒロインのバッティング率は低かったのですが、Kanonではヒロインが多いばっかりに大変です祐一。
そうしていると、さっそく別のヒロインが通りかかりました。佐祐理さんと舞です。
二人は上級生ですので、名雪は頭を下げて礼をします。水瀬名雪、こう見えても体育会系です。
「あははー。昨日ぶつかった人ですね」
笑顔でさりげなく言ってくる佐祐理さん。とんでもない憶え方をされてしまいました。
やっぱり慰謝料とか請求されるのだろうかと不安になりましたが、佐祐理さんは「私たちも大丈夫でした」と笑顔で許してくれます。一安心です。
ちょっと被害を受けたくらいで慰謝料だなんだと騒ぐのはチンピラです。ちゃんとしたヤクザは、寛大に許して男を見せてくれるものなのです。…………ヤクザ?
佐祐理さんは「それじゃ」と言って、舞を連れて去ってゆきました。
笑顔でよく喋る佐祐理さんと、無表情で最低限の受け答えしかしない舞。対照的で奇妙なコンビです。
「なんか、目立つ二人だな」
「三年の倉田佐祐理さんだよ。すっごく頭がいいの。もう一人は、川澄舞さん」
「倉田佐祐理と、川澄舞……か」
女の子の名前はしっかり頭に焼き付けようとする祐一、さすがです。男は北川くらいしか交流がないというのにこのタラシが!
学校が終わって、夕方。祐一は街中を歩いていました。
朝は通らなかった場所なので、学校帰りに寄り道をしているのでしょう。コートの他に追加防寒装備としてマフラーが加わっているので安心です。マフラー1本あるだけで、だいぶ暖かさが違いますからねぇ。
「祐一くん!」
「だぁ!」
掛け声とともに背中に衝撃。全速力で駆けてきたあゆが抱きついてきたのです。
「やっぱり祐一くんだ。えへへ、嬉しいな」
「エヘヘじゃない、離れろ!」
おんぶおばけとなっていたあゆを振り払います。このまま家まで背負って帰れば小判の詰まった壷に変わったかもしれないのに、惜しいことをしました(何の話だ)。
「だいたい今、やっぱりだとか言ったが。俺と確認しないで攻撃したのか」
「攻撃じゃないもん、抱きついただけだもん」
「一緒だ!」
「うぐぅ」
責められてしょんぼりするあゆ。祐一はそんなあゆに追い討ちをかけるように、顔を近づけてモノマネをします。
「うぐぅ〜ん」
「うぐぅ」
「うっぐぅ〜ん」
うぐぅ言ってる祐一の顔、すげえきもい! かっこいい!
しかしあゆには大不評、すっかり彼女の機嫌を損ねてしまいました。
ですがその後タイヤキを奢ってもらうと、あゆは一瞬で機嫌を直しました。すげぇ単純だと微笑む祐一。今回は窃盗行為が発生しなかったのも安心です。あんまり毎回食い逃げしていると、BPO(放送倫理・番組向上機構)に怒られそうでしたから。
「今日は、何していたんだ」
と、タイヤキを食べながら訊ねる祐一。
「大切な物を落としちゃって、それを探してるんだよ」
と、タイヤキを食べながら答えるある。
財布でも落としたのかと気軽に祐一は訊きますが、言われてあゆは、自分が無くしたものが何だったのかを忘れていることに気付きます。
急に不安になったあゆは立ち上がり、探し物を続行しようとします。わけがわからないながら祐一も、それについていきました。
「いつ落としたのかも、わからないのか?」
「うん。いつ、どこで落としたのか、ぜんぜん思い出せないんだよ。なにかわからないけど、本当に大切なものなんだよ。自分でも、おかしなこと言ってると思うんだけど」
「とにかく、お前がよく行く場所をあたってみよう。俺も一緒に探してやるから」
「うん。ありがとう。祐一くん」
<クレープ屋>
「あー!」
「あったのか?」
「――新しいメニューが増えてる!」
「あのな!」
「うぐぅ。だって、びっくりしたんだもん。知らない間に、種類がいっぱい増えてるから」
「……次行くぞ、次」
<駄菓子屋>
「ここはどうだ?」
「違うみたい」
<せんべい屋>
「ここは?」
「……違う」
「……この次が、最後か」
探しているうちに陽はとっくに沈んでいました。
「うん。この角を曲がったところに、ケーキ屋さんがあるはずなんだよ」
「どうでもいいけど、お前のよく行くところって食い物屋ばっかりだな」
「うぐぅ、ほっといて」
曲がり角を過ぎると、そこにあるのは本屋でした。
「ないぞ、ケーキ屋なんて」
「おっかしいなぁ……この前までは、ここにケーキ屋さんがあったのに」
「だったら、最近店が変わったんだろう」
新装開店には見えない本屋を見ながら、祐一は言います。
結局、探し物は見つかりませんでしたが、不安そうだったあゆの表情は和らいだものになっていました。探してればいつか見つかる、そんな気がすると言いながら。
「……そうだ、あゆ。携帯とか持ってたら番号教えてくれないか?」
「ケイタイって、なに?」
無邪気に訊いてくるあゆ。あまりの物知らずに祐一は半ば呆れます。
そういえば私も、職場の後輩に「ワンセグって、なに?」とか訊いて呆れられたことがあります(物知らず)。
すっかり夜になった街。あゆと別れた祐一は、家路につきながら考えます。
「記憶をなくした女の子。なにを落としたのか思い出せないあゆ。そして、七年前のことを憶えていない俺。……この街には、記憶をなくす魔法でもかかってるのか」
街が原因説、登場です。そんなの初めて聞きましたが、不思議と説得力があります。
「ただいまー」
家に帰ると、
「ゆういちー!」
「どわぁ!」
突進してきた真琴に体当たりされました。よくよく体当たりを食らう男です。
やけにハイテンションな真琴。どうやら自分の名前を思い出したのだとかで、最高に上機嫌になってるらしいです。
「そう、真琴。沢渡真琴。いい名前でしょ?」
「さわたり……まこと?」
祐一はその名前に、なぜかひっかかる物を感じました。
「悔しいでしょ、祐一。可愛い名前で」
「男みたいな名前じゃないか」
「可愛いの! 真琴が、真琴は可愛いって言ってるから可愛いの! あーあ、祐一なんて変な名前じゃなくて良かった」
「普通だ!」
わずかに湧いた違和感は消え去り、真琴といつものように下らなくもほのぼのとした言い争いを始める祐一。
こうして、夜は更けていきました。
深夜の学校。
静まり返った校舎。灯りもついていない廊下に、一人の女生徒が立っていました。その片手には場違いな西洋剣。
少女が気配を感じて振り向きます。背後から迫る影。
剣が一閃しました。
第3話 終
というわけで第3話終わりです。
最初は作画というか、表現の違いに一瞬驚いてしまいましたが、終わってみればいつもどおり素敵な京アニ作品です。
話も徐々にシリアスな方向に向かっていき、まだ序盤だということを忘れさせるほど。
それにしても栞が可愛くてたまりません。ぐるりと祐一の周りを歩く描写も良いですし、名前を聞いたときの笑顔も素敵です。声が違うとか言うな!
次回。「第4話 休日の奇想曲(カプリース)」
あゆと真琴と舞の話を並列させるようです。
しかしこの、各ヒロインのエピソードが同時に進行してゆくという形式は、アメリカのドラマを連想させます。ERとかそんな感じの。
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