この物語を、素晴らしいイラストを描いていただいた桃缶さんに捧げます。



ある寒い日の物語


 昼間は暖かかったのに、夕方になると急に冷えこんで、帰り道を行く人々も寒さに身を丸めて歩む。そんなある日の夕方。
 長い影を足に従えて歩むと、ふと看板が目にとまった。

 『おやき・たいやき』

 たいやきか……久しく食べてないな。いつからだったろう?思い出せない。あの味はまず忘れることはないだろうが……。
 胃もまるで思い出したかのように空腹を訴えかけてきていた。小銭はある。夕食までの時間もある。ま、たまには帰る前に買い食いをするものいいだろう。
 そう一人心で呟いて、お店のカウンターの前に立つ。

 「いらっしゃいませ!」

 愛想良く出迎えた声に顔をあげ……瞬間息が止まった。
 レジの前で惜しげもなく笑顔を振りまく女の子に、完全に心を奪われたのだ。
 その柔らかく生き生きとした表情はこの寒い空を寄せ付けることもなく輝いていて。優しく、それでいて元気さを内に持つ澄んだ声は、寒さにかじかんだ耳に染み入るようだった。
 その女の子を黙って――呆然といってもいい――見ているとさすがに不審に思ったのか、笑顔のまま軽く小首を傾げて、疑問のジェスチャーを送ってきた。
 そこで我に返り、慌ててたいやきを一つ指差し、代金を渡して逃げるかのようにその場からさった。……顔が火照っているのを自覚しながら。

 紙袋に入ったたいやきを持ちながら、さっきの女の子の顔を思い出していた。もう一度会ってみたい。いや、何度でも会ってみたい。ずっと一緒にいたい。
 だけどどうすれば?あの娘に会うためだけにたいやき屋に日参か?……それじゃまるで異常者だ。でも名前も住所も知らない。こっそり調べまわるなんておかしいよなぁ。最近の世界は一目惚れに優しくない。
 ブツブツと思い悩みながら歩き、小さな公園へと入った。そこの自販機で熱い缶コーヒーを買う。そして冷たいベンチに座って、プルタブとたいやきの袋を開ける。
 ……どうすればいいのかなぁ。
 考え込みながらあの娘が包んでくれたたいやきをとりだし、頭から一気にかぶりついた。

 ……………………………………………………






 
アンコが入ってないっ!!!



 なにかのミスだろうか?そのたいやきにはアンコがまったく入っていなかった。
 アンコの無いたいやきは冷たくパサつき、そして脂っこかった。
 呆然と、鯛の形をしたコロモだけの物体を口に運ぶ。缶コーヒーで流し込む。
 その味気ない感触と共に、胸からたいやき屋の女の子への想いがゆっくりと消え去ってゆくのがわかった。


THE END






作者からの言葉

・とっても可愛い、たいやき屋の女の子がいたのは実話です。

・そして、たいやきにアンコが入っていなかったのも実話です。

・私が邪念を抱いたのがいけなかったのでしょうかね?

・あと、最初にカッコよく「捧げる」とか言っておきながら、どうしようもないオチがあるというのはどうなんでしょうか?死刑?

・ていうか、kanonとぜんぜん関係の無い話です。





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