『しりとり』。それは何の道具も用いずに、子供でも簡単にできる言葉のキャッチボールゲーム。
だが時として、そのしりとりが恐ろしいものとなることもある。
それは、とある修学旅行の一夜。
就寝時間に突入しているはずなのに、同室のほぼすべての人が部屋にはいなかった。修学旅行ということではしゃいで、他の部屋で仲間たちと騒いでいるのだろう。
部屋にいたのは私と……同級生が1人だけだった。
この人物を仮に「たかゆき」と呼ぶこととしよう。理由は、ファミコンのゲーム『いただきストリート』に登場したキャラ「たかゆき」と、
顔も口調も似ていたからである。
たかゆきと私は、なぜかおとなしくお互い床にもぐりこんでいた。
眠くは無かった。なぜ他の友人たちと騒がなかったか?……それはもう今となっては思い出せない。
ともかく、言えることは2人とも横にはなっていたが、眠くはなかったということである。
「退屈だね」
「ああ、退屈だな」
私の言葉にたかゆきも同意する。だが、だからといって床から起きることは無かった。
時間だけが流れてゆく。お互い眠らず、黙って横になっていた。
「ねえ、ヒマだからしりとりやらない?」
「……そうだな、やるか」
私の提案にたかゆきも同意する。こうしてしりとりが始まった。
なお、我々の仲間内では、しりとりにあるルールが定められていた。
まずは、「濁音や半濁音はつけなくても良い」というルール。
つまりこれは「ラッパ」と言葉の次に、「はさみ」などと、半濁音を除いて使っても良いということである。逆につけても構わない。
それに、長音符(のばす音)が最後ならば、そこに該当する母音を使うとなっていた(例・ジッパーであれば「あ」)。
またすこし特殊なものとして「使える言葉は単語。普通名詞のみで固有名詞禁止」というものがあった。
これはなぜかといえば、しりとりに文など使われては、しりとりになるはずも無い。また、動詞や形容詞や副詞などを使っても、しりとりとしてはおかしな物となるであろう。
固有名詞禁止、というのは、つまりは人名地名などの禁止である。
なぜならばこれを許せば、恐ろしい天使名攻め(聖書の天使の名前は最後にルが付くものがほとんど。たとえばガブリエル・ラファエルなど)や、アフリカ返し(アフリカの人名地名にはンから始まる物がある。たとえばンジャメナなど)などを許すこととなり、やはりしりとりとしては面白くないものとなるだろう。
……だが、このようなルールがあっても、なおも恐ろしいしりとりが存在したのである。
「しりとり」
「りんり(倫理)」
こうしてしりとりが始まりまった、ちなみに「しりとり」と言ったのが私だ。
「りんご(林檎)」
「ごきぶり(ゴキブリ)」
「りす(リス)」
「すり(スリ)」
「りんぐ(リング)」
「くり(栗)」
……気のせいであろうか。やけに「り」の言葉が回ってくるではないか。
だがいつかは尽きる。そう思い、私は続けた。
「りく(陸)」
「くすり(薬)」
「りくち(陸地)」
「ちり(塵)」
「りえき(利益)」
「きり(霧)」
「りか(理科)」
「かり(狩り)」
「りくつ(理屈)」
「つり(釣り)」
「りーだー(リーダー)」
「あり(蟻)」
「りんす(リンス)」
「すいかわり(スイカ割り)」
「りゅう(竜)」
「うり(瓜)」
「りこーだー(リコーダー)」
「あまもり(雨漏り)」
ここに至ってようやく気づいた。私は罠にハマったのだ。
「り」から始まる言葉は少ないのだが、終わる言葉は多いのだ!
このまま戦えば、ジリ貧となるのは確実。しかし、私はやめようとは言わなかった。
なぜだったのだろうか?あの時にやめておけば、こんな思い出は残らずに済んだのに……。
「りょくちゃ(緑茶)」
「やり(槍)」
「りゅっくさっく(リュックサック)」
「くさり(鎖)」
「り、りんね(輪廻)」
よし!決まった!!私の知っている限り、「ね」ではじまり「り」で終わる言葉は無い。
「……ねずみ(鼠)」
「みどり(緑)」
よおしっ!!「り」を返してやったぞ!!
「りょうり(料理)」
……あっさり、返しを返されました。
「り……り……りかしつ(理科室)」
「つりぼり(釣り堀)」
「あー…………りょこう(旅行)」
この頃になるともはや一語一語を考えるのも苦しくなってきました。もうほとんど無いのです。
「うしうり(牛売り)」
「……それ、無理があるんじゃない?」
「なにいってんだ。ちゃんとした名詞だろ」
「えー…………りくえすと(リクエスト)」
「とり(鳥)」
修学旅行の夜の時間はゆったりと流れ、私は「り」の苦しみのなかで、のたうちまわっていた。なぜこんなに苦しまなくはいけないのか?その理由さえ考えられなかった。
「あー……りゆう(理由)」
「うさぎがり(兎狩り)」
「それぇ、無理だよう……」
「どこがだ?きちんとした名詞だろ」
「……りーぜんと(リーゼント)」
「とばり(帳)」
……涙こそ流してはいませんでしたが、私は泣いていた。そしてもう二度と、コイツとしりとりはやるまい、そう心に決めたのだった。
「りぞっと(リゾット)」
「とっくり(徳利)」
この結末はどうなったかは……もはや記憶には残っていない。だが、私の楽しい修学旅行の思い出には、かならずこの苦しい夜がまぎれこむのであった。
「……りこう(利口)」
「うみなり(海鳴り)」
「うわぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
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