私には妹がいます。趣味などはほとんどあわないため、普段はめったに話したりしません。
そんなある日、キッチンで米をといでいる時、珍しく妹から話しかけてきました。
「おにいちゃん、あゆのベストアルバムのMDあるから、聞こう」
そうです。浜崎あゆみは、数少ないお互いに一致する趣味です。米をジャーにセットしたあと、居間にあるMDラジカセを起動させました。スピーカーからゆっくりとした浜崎あゆみの歌が流れてきます。
「あゆ、声変わったでしょ?」
「そうだね。なんだかテンポもみんな遅くなってるね」
「あの歌い方で、やっぱり喉痛めたんだろうか……」
歌は変わらず流れ、そして一曲目が終わりました。
「イチゴあるけど、食べる?」
「うん」
元気の良い妹の返事を聞いてから、イチゴを洗って盛り付けて、コンデンスミルクをたらします。
「ヘタくらいとってよぉ」
「あ、ごめん」
ヘタの取られてないイチゴを、2人で曲に耳を傾けながら口に運びます。
まるで、お互いに示しあわせたかのように同じテンポで。
「そうだ、ちょっと待ってて」
私は妹を残し、自室へと飛びこみ、そして戻ってきました。手にラッピングされた小箱を持ってです。
「はい。遅くなったけど誕生日プレゼント」
「わあ!開けていい?」
がさがさとラッピングを剥がす音が、しばし音楽を邪魔します。
「うわぁ!ミッフィー!」
「この大きさのは持っていなかったでしょ?」
「ありがとう!おにいちゃん!」
体中から喜びを湧き出ているのが見て取れます。妹はミッフィーが大好きで、部屋にはミッフィーグッズがあふれています。
そのおかげで持っていないミッフィーを探すのには大変苦労しましたが……。
楽しげに小さなミッフィーをテーブルに立たせて、眺めています。
私はそんな妹の姿をぼんやりと見つめていました。いつしか流れている曲は離別の哀しみを歌ったものへとなっていました。
いつか……おそらく10年もしないうちに、妹も結婚してこの家からいなくなるでしょう。こんなふうに、兄妹でゆったりと音楽を聞けるのもあと少しでしょう。もちろん結婚するのは祝うべき事ですが……。
普段はあまり話もしませんが、やはりそれでも妹は妹です。いつかは来る「その時」のことを考えると、心に暖かい淋しさが生まれます。
ゆっくり、ゆっくりと、曲はフィナーレに入っていきました。
……ふとその時響く足音、母が居間に入ってきたのです。
私は、自分の表情に淋しさが浮んでいるかもしれない、そう考えつつも母の方を振りかえりました。母はソファーに腰を沈め、テレビのスイッチを入れて、こう口を開きました。
「うるさいっ!『渡る世間は鬼ばかり』見るから、その雑音消せ!」
主電源を押されたラジカセは静かに曲をやめました。
私は……おそらくは淋しさが浮んでいるであろう表情で、母を見つめ続けていました。
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